表現と体現

先日、 [須田郡司さんhttps://www.sudagunji.com/]が玖珠町に来てくださり、世界の巨石の神秘と実態、を写真スライド&トークイベントがありました。そこに、穏くんと私で行ってきたのですが、最後の談話中に郡司さんに聴かせてもらったムビラ。なのですが。あれから気になっていたのか、我が家にもある普通サイズのムビラ、ではなく、たまたまお店で見つけたちょうど子供サイズのムビラが欲しい。とゆうので買ったらば、あっとゆうまになんとなくの演奏と、字もまだ読めない書けない彼は色で楽譜を作っていました。読めない書けないけれど、すでに自分の表現したいことはできているわけで、聴覚、視覚、触覚、、体がある。ただそれだけのすでに持ち合わせているもので、可能性って結構あるのだなと感心しました。いつまでも、上手く奏でることだけが音楽、ではなく、音を楽しめるから自分を表現できる、音楽。であって欲しいと思います。

ぴよこちゃん

ぴよこ3羽、孵ってます。循環とゆうことさえももう面倒臭だられているのかな。世の中をそうじゃなかったと思い改めさせてくれる、私にとっては大地の先生。烏骨鶏母たち。小をみて大を知り、大を知って小に気づく。すべては繋がっていて、単品ではうまく機能しないってこと。体も地球も同じこと。今の風潮。まさに尻切れトンボが思考までも繋がらないようにしてしまっているよ。困ったね。そんなことばっか言ってる私は、面倒くさいおばさんなんだろうけれど。

よもぎ:すぎな

1年分のよもぎとすぎな乾燥完了。朝露残る時間帯に よもぎは新芽のみ、すぎなはできるだけ葉が開く前の状態を摘ませてもらって、少しだけおひさまにあてて、その後日陰で風乾燥。じっくり水分を抜いていくことで、粉々にならず、お茶にした時も、飲みやすくなります。次の薬草茶摘みは、6月あたり、お花が咲き始めたドクダミです。の前に、、今年は柿茶、作ってみようかな。

chamomile

|カモミールがたくさん咲いている|想像しただけで嗅覚が泥酔状態です。カモミールの香りだいすきです。そんな、飲まずともとろけられる、知人宅のお庭からカモミールたくさん摘んできて乾燥中です。うまく干せればヨガやおてあてのときのお茶でお持ちします。余談でカモミールって、ギリシャ語の大地の林檎とゆうのがカモミールとゆう名前の由来だそう。大地の林檎。唸る言い回し。根っこごと株も持って帰ってきたので、うちにも大地の林檎がたわわに実ることを願っておこう、そうなったら楽園だな。

Identity

たまたま同時期に、全くの別の場所で、別の人がくれた同じ内容の助言|あなたの価値を必要以上に下げる必要はないし、その価値は充分にある|によって、|私ってなんだ|を考えていました。自分が上手くやれば窮屈もそうでなくなっていた、なんとなく綺麗事にしていたこともちゃんと整理して、自分が納得してしていくこと、それによって、自分のいい環境が周りにもまた影響するとゆうこと、やっとそこに辿り着いて、久しぶりに自分改革。きっとそこで、縁が続く人、そうでない人も出てくるかもしれないけれど、それはきっとこれまでの行いがその結果を生み出してくるのであろう、と怖さもあるけれど、変化していくことを選んだ私。きっとその先には何度も自分を改めるチャンスと新しい世界観が待っているはずで、変化は楽ではないけれど、自己向上には必須なことだと信じてみよう。自然が教えてくれたことで1番大きな恵|identity|変わらない信念。環境が変わっても柔軟に生き延びる糧と命を全うするだけとゆう信念。きっとそこに着地するはずだわ。

うごめき

小国町山川、やっと梅が咲きました。今年は雨、晴れで寒くて暑くてぽっかぽかとゆう忙しい温度変化で、まさに|三寒四温|とゆう言葉がぴったりな気候ですが、雨のわりに梅の花が散らず、長い間美しい景観と濃醇ないい香りに庭が随分満たされています。その足元では三つ葉やノカンゾウ、よもぎ、にら、水仙にチューリップと様々な芽たちが顔を出し、冬から顔を出していた青葉の野菜たちは一斉に青青しくみずみずしさを増し、一層生き生きし、蕾を咲かせ始めました。季節の移ろいを肌で感じられる暮らしが本当に贅沢なことだなぁと年々感じるのは、年を重ねていっているからでしょうか。。自然の変化の小さな一つ一つが家にずっといても全く飽きない要素になっていて、正直、人に会うことでいいことももちろんありますが、余計なことも考えなくちゃいけないこともありますので、お仕事がなければずっと家にいられるのに、とゆう気持ちもずっとどこかにあり続ける感情です。

最近、読み直している中谷美紀さんのインド旅行記。インドにまた行きたいなぁと思うけれど、今は叶わぬ夢ですので、本を読んでいった気分を味わっているわけです。その中に、|悟りを開いた人は2種類います。多くは悟りを開いて自分が幸せになったら世俗のもの、人にも興味がなくなって山の中に籠り自然と語らい、野生動物たちと共生している人たちもいます。しかしブッダのようにその喜びを分かち合おうとする人がいるのです、イエスキリストも自らが殺されようとしているのに、それでも罪人たちを許そうとしました。これこそ本当の哀れみです|

私は悟りをひらいてるわけでも超人なわけでもなく、世俗のもの、人にも、どんどん興味がなくなっているので山籠りしたい、できるだけ人工的なものに関わらずに生きたいと願う反面、ヨガとゆう伝える、きっかけになる、ようなやっぱり人と関わりのあることをやっていて、伝えたいことは山ほどあるし、逃れたくても逃れられない、それを自分でまだ選択しているので、きっと逃れたくない、何か。があるのだろう。と考えていた時の本の言葉でした。

心を動かす。とゆうのは実に難しいこと、なのですが、自然はひょいと簡単に心を動かしてくれる、無条件に動かされる、からやはり、ものすごい力が蠢いているのだな、と思います。

時間を貯蓄する

|モモ|を読みました。時間を奪われた、とゆうより、自分で選択して時間を失っている人間とそこに心を動かされない少女の物語なのですが、18歳の時、クラスメイトに面白いからとおすすめされて以来、読みたいなぁと思い続けて23年も経ってしまっている、その時間の経過が、まさにこの本が現実にありうることを思いつつ、今の機会に読めたことはとっても大きな気づきとともに、もやーっと言葉にも頭にも考えていなかったけれど、感覚的に理解し始めていたことを、ちゃんと整理することになりました。

|お金|の貯蓄ではなく|時間|の貯蓄について考えます。

現世界でほとんどの人が時間を費やしていること、睡眠の他に、きっとお仕事。だと思うのですが、それはなぜなのでしょう。いろいろな目的があるとは思いますが、大半はお金のため暮らすためだと思うのですが、目的がどうであれ、お金を稼ぐことも、そこに時間を費やすことも悪いことではなく、その使い道。が、働いて時間を費やしたことが、時間を消費したのか、それとも時間をさらに貯蓄したのか。に変わるのだなと考えました。

|時間の貯蓄|といってもみえないので、言葉を変えてみると。

例えば、農家さん。は時間を費やして食べ物を作って、お金にも変えつつ、今日の明日の、もしくはいつかの自分の食料:原料も作っているので、いつかの食料分の時間貯蓄をしたことになります。

昔の暮らしが全てではないのですが、昔は毎日費やしていた時間はまたいつかに使えるものとなる食べ物が便になり肥料になり土になりまた食物へ、薪に灰になり土になり、結局いつかは巡り巡って還ってくる、いわゆる循環の中で、時間を使いながらも時間も貯蓄しているような感じに受け取れました。

一方、今の暮らしは毎日費やしている時間をお金に変えて、そのお金の返還されたものは、ほとんどが消費してなくなってしまうもの、もしくはまだあってもすぐに代替えされてしまうもの。になるので、結果、時間を消費しっぱなし。になるので、時間がいつも足りない状態。

我が家はガソリン以外の化石燃料はできるだけ使わず、基本は薪で暮らしていているので、5歳の息子は、薪集め、薪割り、そして、薪で熱にする手間暇、もちろんそれより大きな楽しみがあることも理解しているようで、たまに使うガスを|セコセコガス|と呼びます。最初、セコセコ?と意味がわからなかったのでセコセコって何?と聞くと|セコセコってせこいってこと。お金では買わないといけないけど、使いたい時に直接的には体を使わず、ラクして使えるってゆう意味でセコセコやん|と。なるほど。

うちでは、上のように、労力で時間とお金を貯蓄していて、楽したい時はお金を使ってガスにすると労力時間は減り、時間の貯蓄を増やします。

|time is money 時は金なり|

って時間はお金ほど大切だよ。とゆう意味解釈していましたが、実は少しちがっていてhe is jony 彼はジョニーだ。ジョニーは彼のことだし、彼はジョニーで、彼でもありジョニーでもある。

お金は見えて、時間は見えないので、時間を貯蓄しているかどうかは自分自身の感覚であり、暮らしの中での自分の選択によって増やすことも減らすことも、可能ってわけです。

時間の貯蓄。過ぎていくから浪費でもなくて、過ぎて行かなくても貯蓄ではないとゆう

まるで迷路の中をぐるぐる回っているように本を読んでいましたが、読み終えるとちゃんとその迷路の道がはっきり見えるようになって、なんだ。複雑じゃなかったんだ。迷路に入ったと思い込んでいる自分が右左に回り道をさせていただけで、まっすぐ行けば出口だったんだ、とゆうような気持ちで23年分の時間を貯蓄しました。

タイプライター

2年前に古いもの好きゆえリサイクルショップで見かけてスルーできなかったタイプライター。買っては来たものの、インクテープのことも問い合わせたものの、しばらく放置していたのだけど、使わなくちゃこの子、死んじゃうわ、と急に思って、テープ取り寄せ、がちんがちん。と作業しました。何を、、まさかの滅多に配ることのない名刺を作ってみました。前の名刺は自分で紙を漉いて!作ったんだけど荒くて字が書きづらかったので|それはそれでとっても気に入っているけれど|今回は市販の紙にタイプライターー。いい塩梅です。そんなこんなで、タイプライターと近所の納屋片付け手伝った時にいただいていた、こちらも昭和な切断器で、アナログ作業しているもんですから、Instagram。今更..今頃..なのですが、お友達のお店のことを見るためだけに登録していたのだけど,なんの投稿もないのに、フォロワーなる方が私にいることに驚いて|かなり放置していた様子|ちょっとやってみることにしたわけです。アナログな事してますから、Instagram、ちっとも使いこなせず。よくわからないので、変にコメントとか、いいね、とか、やり方がわかんないわけです。流れてくる情報に弱いのであんまりみないし..多めにみてください。わざとではありません。どうやって誰かにお知らせするのかもわからず。https://www.instagram.com/une_sukima/

おてあてのこと

|おてあて|

|おてあて|と名付けて見切り発車している私なのですが、どうゆう思いで何をしているのか、を1ヶ月くらい考えてやっと文章にまとめられました。私にとっては、かもしれませんが、心で思っていることを文字にするって本当に難しくて、日々のブログのように、思ったことをつらつら吐き出していくのとはまた違っていて、簡単に、出来るだけわかりやすく、しかも何回読んでもそう思えるよう文字化する、とゆうのは、実に大変です。心なんてものは、いつもゆらゆらしているし、微妙なところでこうかな、でもああかなと思っていることもあるわけで、ずっとずっと考えて考えて書き直して、やっぱりそうだわ。と思えるまで、ひとまず。それでもまた読み直して更新していくのですが。必要な人に繋がることを願って。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。年末年始の雪で、小国も白銀の世界になり、私の住む山川はまだ雪が残って、肩をすくめ、うぅ〜寒い寒いと、いそいそと外に出て、薪をせっせと運ぶ日々です。テレビも見ないし、烏骨鶏ちゃんの見守りとしてお正月の集まりにも参加していないので、去年同様、何が年末で何が年始なの?とゆう自由っぷりで1人好きなことだけしてのびのびしております。足踏みミシンでリメイクしたり補修したり、機織りしたり、そして、小学生の頃に大好きだったばーちゃんに買ってもらった半纏。色がもう今の自分色じゃないので、なんかなぁと思いつつ、いつかいつかと数年放置。えい!今年こそ、何年分ものやりたいけど。。。を動かす年だ。と決意し、端切れパッチワークしております。半分完成。相当、かっこいいなぁと思っているのは、、自分だけ、とゆうのも気付いていますが、そこは自分軸。いいのです。もう半分も幸せいっぱいの気持ちでぬい縫いします。今年もいろんな何かに惑わされることなく、とにかく誰の軸でもなく自分の軸で平和に暮らしたいと思います。ヨガで、おてあてで、それから暮らしの中の何かを通して、本質に迫る出会いと交流が波紋になっていきますように。誰もが自分の治癒力で平和になる2021年でありますように。

久しぶりにヨガに関する本[スピリチュアル・ヨーガ]を読みました。はて、自分で買ってないのは確かなのですが。誰かに頂いていたのかな、、読んだ記憶すらなかったのですが、読んだけどその時に響いてなかったのか。こんなに良い本があったのに、もし、読んでいたとしたら、良いと思える感覚がなかった自分が情けなくも、今のタイミングで読めたことはとても響いたものが多かったから、まぁ、良しとしよう。ヨガのポーズの本を買おうと悩んでいるならば、まず、この本をおすすめします。ヨガをもう始めている人にもおすすめします。先生をやっている人にももちろん何度も読み直してよい本だと思います。

先日、重大な過去のことを打ち明けてくれた人がいたのですが、その時に思ったこと。

過去は変えられない。とゆうはのは、事実あったことは変えられないだけで、それに関する感情は今の感覚で変えられて、決まっている運命は変えられなくても、未来の質は今の行動で変えられるんじゃないかと、私は思っています。今が過去も未来も変えられる。今が幸せならきっと過去を振り返って苦しんだり悲観的にはならないだろうし、未来を不安に思うことはないのかな、と。だから、やっぱり生きている/息している[今]がとっても大切。

ヨガで出会う人たちは、いろんな感情や感覚を持ってきてくれます。私1人では出会えない感覚|感情に出会えるのは私は幸運なことで[今]が未来につながっていくし、その方達は吐き出したり共有することで[過去を整理し]そして[今]が変わっていく。

時空を超えて、調和を追い求める全てのひとたちに…

実に。ヨガは本の最初のページの写真の言葉。今の身体|心に作用したことに留まらず、時空を超えたものがあるのです

自然治癒力

10年くらい前にたまたま手に取って購入し、読んで感動した本。がこの本なのですが、その時はオステオパシーとゆう言葉は聞いたことがあってもどんなものなのか、とゆうことも知らないけれど、これはすごい治療法に違いない(と、同時に自分にはできるはずがないと思っていた)とゆう不思議な確信と共にずっと大切に持ち続けて、節目節目に読み返していました。

先々週また読み返してみると、今まで感覚的でしか理解できなかった部分が今回は全て自分の経験`体感として読み取ることができて、改めて素晴らしい内容だとゆう再確認と、本当だったんだ!とゆう驚きの発見でした。まさか自分の感覚として体感できて理解ができる日が来ているなんて。。。

私が最近。おてあて。と称してやっている怪しい人体実験なのですが、それはクラニオセイクラルセラピー頭蓋仙骨治療。と呼ばれるものです。これはオステオパシーから分岐?進化?したらしく、の身体の本髄の部分の治癒する力を最大限に活かせられるようにする手技とゆうとわかりやすいのでしょうか。生きていると動いている(ちなみに西洋医学では骨は常に動いていないと考えられているらしい)頭蓋骨、仙骨、骨盤、髄液、硬膜`くも膜`軟膜を手で感じ、滞り詰まりが円滑に元の動きになっていくまで感じておく。見守る、ちょっと手助けする手技です。

何がどうなるの。と思うかもしれませんが、何もどうもなってないようで、何かがどうにかなっちゃうのです。それは本人の感じるところと感じるとれる力とも合わさって、色々な感覚なり変化があるようなのですが、毎回それぞれ違った感覚で感想を聞くので とってもおもしろい。

自然治癒力、あると信じていても目に見えるものではないし、訓練しないと誰にでも感じ取れるものではありませんが、その力がちゃんと元に戻って働き始めた時の体のスムーズ感、心地よさ感は、手に伝わってくる感覚は言いようがない気持ちよさです。全ての人に自分で自分を癒す、治すことができるのです。

そのきっかけづくりとして

ゆっくりできるペースでやってます

うねのおてあて

媒体

以前にいわゆるマッサージを仕事にしていた時期があったのだけれど、どちらかとゆうと自分の健康や不調を他人任せにして楽して良くなりたい人が多い、と思っていて、なんだかその循環の中にいるのが嫌になって、それより自分の時間とお金と自分を動かして事前予防にきてくれるヨガの方がなんだかいいなぁと思って、いわゆるマッサージ、とゆうものは必要?興味?がなくなっていた。のだけれど。

最近。マッサージではなく|おてあて|。とゆう方向に。さらには、その人本来の治癒力の手助けするおてあて。に方向付いてきていて、もうヨガ以外で人に触れることはあるまい。と思っていた自分が嘘のように誰かに手が吸い付いて?!いくのです。。

5年前に受けた快医学とゆう10回講座。その時はいまいち自分で噛み砕けずに今年再受講して、やっと噛んで噛んで、まだ噛んでるけど(するめか!!!)味がやっとわかってきて、体の本質を知れば知るほど、本来の体のスペックは最高で無理にどうこうすることではなく、本来のあるべき姿に戻るだけなんだ、と思うように。そうしたら、ヨガも手当も私がしなくちゃとゆう気持ちは無くなって、きっかけ、とか、方向づけ、とか「媒体」になることが私のやるべきことなのかも知れない。と気づけたのです。

まだまだその|おてあて|も|媒体|も手探りなのですが、形が見えてくるまでは、自分と模索しながら、相手の体の声をその人に伝えながら、感じていく。それが今の私の在り方です。不思議と道が作られて導かれる、そこ。に今は身を委ね、出来ることをやっています。ちょっとづつそんな時間がありますので、どこかでご縁がありますかた、どうぞ私の人体実験にお付き合いくださいませ。

今月は11/15と29日クヌギノ子ヤでおてあて日です。

日々淡々

朝起きて 家の掃き拭き掃除をして ヨガをして、畑や田んぼに行ってお手入れしてアースさせてもらって、昼からイビツでもいい 砂糖なしへっぽこ家菓子を作って、落ち着いて これまたへっぽこ自家焙煎珈琲をいただく。こんな日は本当にいい日だなあと思う。夜ヨガのクラスがあるときは基本的にざわつく感じにならないように 人に会わないし、家にいて、自分の1番心地よい探し。今日は最高の充電ができてる。日々淡々。

クヌギノ子ヤ

癒しの店主がいます 小国町にある手作り服やさん「クヌギノ子ヤ」

店主の妊娠 出産 子育ての長期おやすみを終えて10月くらいから再開準備をしているようです。クヌギノコヤからクヌギノ子ヤにちょこっとリニューアルして ますます心地よい空間になっていくようです。

リニューアルのタイミングでお店のロゴも新しくなりました。なんでか未だに理解ができないけど、私に頼んでくれたので、いいのかなぁ、と思いつつ、店主らしいかわいくてほがらかな、そして絵本の中に入っちゃうような子供服屋さんをイメージして描いてみました。

お店は基本的に水木金の10時から15時の営業 (営業時間すくなっ!笑)っとゆるい感じですが、子育てしながらだったらそれくらいが妥当ですし、そうやって無理しないで暮らしも守ってる店主のやり方は、私はとっても応援したいと思った大事なところです。

インスタがあるので、気になった方はぜひフォローと、開店したらお店に足を運んでみてください。お店、ちいさっ!です。でもそう思わせないほど、ぎゅーーーとかわいく、まさに小さな森の空間です。

|クヌギノ子ヤ|

阿蘇郡小国町宮原2240-1
open10:00〜15:00(水木金)

Instagram https://www.instagram.com/kunuginokoya0202/

携帯が連絡先なので ネットにはのせてないようなので、気になった方は私まで

出張します\この世もあの世も

コロナコロナコロナ/2020

コロナコロナコロナコロコロナコロナコロナコロナ。寝ても覚めても夢うつつでもコロナです。ネットをのぞくと多大な情報が混乱していて見ればみるほど混乱するばかり。国民の為にと立候補した よほどの頭のいい集団が政府にはいるんでしょう?なのに有力な情報も案も策もまだないの?よほどの阿呆じゃない限り、どうなるのだにっぽん。と思っている。誰かにどうにかしてもらう気持ちは捨てて、補償がどうとか誰のせいとか言ってるな場合じゃないし、天災と一緒で地球人みんなに誰に降ってくるかわからないもんなんだし、その時のための備えとして日々働いているんだし(お店が開いてなければ行くことができなければお金なんて持っててもしょうがないけれど)、そんな時のために健康でいるために 日々食べてるんだし、家族の命が大切だから働いてるんだし、2週間後には必ずヨーロッパのようになるのがもうわかってるんだから、準備しなくちゃね。。カップラーメンとか菓子パンとか免疫が落ちるようなものは備蓄しないでちゃんと心体と魂に届くものを備蓄して食べましょう。胸を開いて呼吸をしっかりして血と氣をちゃんと流しましょう。コロナに共鳴しない自分の魂を強く持ちましょう。マスクもうがいも手洗いも子供だましってもういい加減気づきましょうよ。あちらはもっと上手ですから。食べてるものが本物かどうかもう気づきましょうよ。カタカナ表記の添加物まみれで、その風味、形をしているだけの、ほとんど命が宿ってないもの食べ続けてきたんだから、もう人間に強い命が宿ってないのも気づきましょうよ。だからコロナに喰われてる。見直していくチャンスでもあり、何が大切なのか気づく時でしょう?!

私自身も葛藤しています。ヨガとゆう最高の魂レベルをあげる教えを伝道する立場にいながら なにができるかわからないからです。集まることでもし感染したら意味もないわけで。ヨガは勿論効果的だと思います。今したのはリフレッシュにはなると思いますがすぐに強い体にも魂にもなりません。だけれど思考の変換のキッカケにはなるのかな。大事なのは、続けていること それからそれを信じていること、 それからもっと大事なのは日々の食事、それからちゃんと宇宙や土、空気、森、生きとし生けるものと共鳴しているか、だからです。

そんなこと書いても     へ?    ぽっかーん。だろうと思いますが、物質的な利便性で判断していた頭の中を一旦リセットして 宇宙の循環の中に生きている、生かされている私になりましょう。私もそうなりたいと日々願っています。

できるだけ多くの方が無事でいられるように。

みんなが自分のまわりの大切な人に感染しないように気をつければすむことだからね。

もし私が必要だ、と思った人のところへは 私は行きたいと思います。

それはこの世、なのか あの世なのか。

 

自分菌を信じる

cーv

コロナウイルス。うわさを聞くと怖いものではあるけれど、菌によって生かされてる私たちだから、自分菌が強ければ大丈夫。と信じてる。いい菌もちょっと悪い菌も含めての自分菌。昨日食べたもの、今日食べたもの、ずっと前食べたもので自分菌は強くも弱くもなる。抗生物質でやっつけた病気の菌の代償に自分菌も減っているのだよ。栄養をと思って食べている添加物で自分菌が減っているのだよ。それって本当にいいのかな。本来なら圧倒的な自分菌がいるからひとつのウイルスなんて、へっちゃぴのはずなんだ。今こそ、自分菌を増やす生活をする時がきたのだ。

みんなで集まってするヨガの時間は全部なくしたけれど、それぞれができるヨガの形がある。

いつもやっていることの積み重ねが今の自分、これからの自分になる。それって本当?を問いただす時。

たくさん胸椎を動かして、深い呼吸をしよう。

木やタンパク質が好きだったかもしれない菌が、突然変異、もしくは進化して、プラスチックや、もしかしたら、ユニクロのヒートテックが大好物かもしれない。戦うのではなく、うまく共存しつつ、負けない体/自分菌を作るのだ。

負けてしまっても、本来ならば、やはり菌が我らを分解して土に還してくれるのだから

 

辺境で診る辺境から見る

辺境で診る辺境から見る

2019年にアフガニスタンで亡くなってしまった中村哲さん。この本を手に取ったのはたしか20代前半だったかな。その当時いわゆる都会に住んでいて、仕事の帰りに 23時くらいまで開いている本屋に行っては立ち読みをする、とゆう時期でした。この本もそんな時に。力強い写真とこのタイトルに惹かれて たしか中身も見ずに購入したっけな。帰って読み始めると一気に読んでしまい、ぽっかーんとした虚無感と 閃光のようにガツーーんと響いたさまざまなこと。その後、何度となく引越しして、いろんな本とさよならしてきたのに、この本はずっと一緒にやってきた。2019 中村哲さんが亡くなって改めてパラパラと本をめくってみた。辺境で診る 辺境から見る。タイトルのごとく、一方に向けてミルだけでは良い方向にいくには時間がかかること、違う方向からミルこともその職業にとって必要不可欠なこと。そんなことを、私も含め、アフガニスタンだけではなくて、日本にも近隣国にも また世界の誰かにきっとすごい気づきと影響を与えたのだと、改めて感じ、もっと生きて欲しい人が早くに亡くなってしまったことを非常に残念に思う。滅多に見ない 映像ニュースをネットで見たとき、哲さんが「戦争はよくない、戦争はよくないことしか生み出さない」とおっしゃっていた。その言葉がずっと脳裏に染み込まれている。

ここのえ夢クラブ|野上公民館

ここのえ夢クラブの野上公民館でのヨガの教室は、会員登録が必要です。登録料は保険代込み2400円です。会員登録したら夢クラブでやっている他の教室にも参加できます

●時間 水曜19:30-21:00まで

●料金 1回1500円

●持ち物

あればヨガマット(無料レンタルもあります)

大中小 3枚のタオル

●初めての方

初めての方は会員登録する前に体験することができます

初めての方は、わたしか、夢クラブに事前予約をお願いします

初回のみ開始時刻より15分ほど早めにきていただきたいです

●お伝えしておきたいこと

出来るだけ空腹で来ていただくと体が心地よさを

より感じていただけると思います

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