
みりんの自家製は2%の塩を入れないと密造酒になってしまう 雑学として知っておくと…役にたつ時くるかな…
自家製のみりんの材料は 米糀 炊いた餅米 米焼酎
シンプルながら実はとても高級で 米も餅米も栽培して糀まで作っても 焼酎買ったら すでにできたみりんを買った方がいいくらいだ
それでも作りたいのは楽しいのと コスパタイパから遠い世界で生きてたい願望からだろう 出来上がるのも早くて1年後 さらに熟成するならもっと先のお楽しみ 数年後には琥珀色になって美しいことと言ったら
地味だー滋味だー

みりんの自家製は2%の塩を入れないと密造酒になってしまう 雑学として知っておくと…役にたつ時くるかな…
自家製のみりんの材料は 米糀 炊いた餅米 米焼酎
シンプルながら実はとても高級で 米も餅米も栽培して糀まで作っても 焼酎買ったら すでにできたみりんを買った方がいいくらいだ
それでも作りたいのは楽しいのと コスパタイパから遠い世界で生きてたい願望からだろう 出来上がるのも早くて1年後 さらに熟成するならもっと先のお楽しみ 数年後には琥珀色になって美しいことと言ったら
地味だー滋味だー

背負子に密かに憧れていた
瑞々しく生々しく 魂を世界に露出し交わりまくっている|服部文祥|さんが愛犬ナツを迎え入れる時 背負子背負って北海道に飛行機で行き 仔犬をその背負子に ひょいと入れて帰ってきたとゆう話が本に書かれてあって 私は…私はしびれてしまった!
飛行機に背負子+背負子に仔犬=背負子はなんでも入る入れ物だったー このまさかの?あるいは当然の!背負子は入れ物の概念 スーツケースともキャリーケースとも同じ仲間なのだ 山で使うもの的なつまらない私の固定観念がぐにゃぐにゃにこねられてしまった
そしてついに最近 片面つまりは背中側がまっすぐ編まれた円筒の竹籠がどこからかやってきてくれて うんと前に織り機で織って作っていた紐を取り付けて 私だけの背負子が暮らしの仲間になった
子供たちにかっこえーやろーっ(るんっ)と背負って見せても しらっとした反応で(またバカっぽいことやってるなくらいにしか思われてないのだろうが)当の本人はうきうきで アナーキーな世界にいつでも旅立てると思うような自由さを 背中に羽でもはえたような気分で背負っていたのに…
ふわっと時間ができた時 気持ちが向いた時 サクッと背負って手鋸片手に山をうろうろ あっとゆうまに籠はいっぱい 手鋸と反対の手にも長めの枝が抱え込まれて戻ってくる
重たくなった背中と ちっとも人間に共感なんてしてくれない山の潔さのようなものが くだらない思考をいつの間にか取り去ってくれて 軽い体
重くなって軽くなった体 小さな私の重さの比重は変わったように思えるも そもそも その両方を最初から許容している大きな大地は全く変わらないわけで 子どもが私をみるように大地は私をしらーーっと(もしていない)みているのかもしれない
|ハイハイ自己責任で誰か何かに負担かけずに遊んで喜んでいるならいんでないの すきにしなよ|
子どもからのしらっにも大地からのしらーーーーっにも 実は許容されている何かを感じずにはいられなかった 優しさと都合良い方にとらえておこう 背負子おばちゃん出没注意!

気合いを入れるまで時間が必要で 取り掛かるのがいつも遅くなっていた味噌作り も 今年はいつになく気分軽やかに そしてなんとも効率よく楽しく終了してしまった
してしまった…と自然と思えた自分に少し驚きもある 楽しみと それだけの気を使うがあったのだと思う
ここまであっけないと 少し勿体ぶっていた時間さえも冬の風物詩だったのかな… 何事も|経験|と|慣れ|が 最初無駄とも言える類の緊張と 形や結果をものり超えて 角度を換えて本髄に触れていく感覚になっていくのだな と思う
自動的に巡ってくる季節 買うこともできるけれど 意識的にわざわざ米も大豆も作って 糀作って仕込む味噌 宇宙が用意してくれた自動的に見えるそれも 自分で選んでいると思っているそれも どちらにもしっかりと自分を浸して 混ざり合おうとするすきまにいたい
(そもそも 宇宙の秩序は人間だからと言って時別扱いはしてくれないけれど)
寄りすがっていたい
寄りすがっていたい 好きとも愛でもあり 他に換えが効かない唯一無二の愛おしさってゆうことを 六感全てで拒否できなくなった時 波のように押し寄せてくる喜びが 他のことへもじわじわと和紙に落とした水滴のようにじゅわじゅわぁーと滲んでいっている
お味噌作り始めて何年だ?今年の味噌作りはまるで違う感覚が取り巻いて 更に幸福だった
テスト前日の長女も/これを手伝わないと味噌汁飲めないし テストでいい点とるより死活問題だ\と言って大豆を潰していたけれど たんたんと1人でやってきたことに加わり始めた子供と味噌を作るなんてあと何回できるかと思うと それこそ唯一無二 代わりなんてありえない 愛おしいってことだと思う

全くも余談だが 長女が自立したら 私から 梅干しや味噌を買うか もしくはそれらと 私が必要なものと物々交換してくれるらしい 私のささやかな自己表現としてやっているコトを受け入れてくれていて嬉しい申し出だった

朝 うっすら意識が覚醒しはじめ 鼻先を布団の中からちょっと出してみる 鼻先がきゅんとなる うーん まだ布団の内でもぞもぞしていたい 冷たい足の指先もじもじして確かめてみたり 猫にすりすりしてみたり 丸くなって腰のあたりを伸ばしてみたり ささやかな まどろみの抵抗を繰り返す
なかなか出られない布団の中からでも 今日は雪が降ってる そう 見なくてもわかる そう感じる
全てが自ら輝き出したような光を放ち それをまた光った何かが反射し いつもは寡黙な全てが 見て見てと言わんばかりの眩しすぎるくらいの世界 静けさの中で時折 ふぁさ と雪が舞う音が聴こえる
雪がぽってりとのっけられた世界は まるで絵本のお菓子の国に来たようだなぁといつも思う とろりと甘くて美味しそうだ
そのとろりとしていそうな白いのがお日様に暖められて 御伽の世界から目を覚まさずにはいられないような ジャージャーと濁音をならし 現実世界に引き戻されていくのだが…
じゃーじゃー!びたぼたびたー!
やけに一気に雪が溶け始めたなぁと耳を澄ますと あれ?家の中じゃ? まさかねっと後ろを振り向くと ちょっとした公園の噴水のように 水がー!急いで井戸のモーターの線を引き抜き 静けさは戻るも…って床が光ってる 水鏡になってる…はい そもそもの劣化(があったはず)に覆い被さるように凍結で 裂けた水道蛇口 親指の横っちょが裂けるようにパックリと そこから水がじゃーじゃー流水
さて どうする修理 できれば自分でやりたい
詳しいともだちやお隣のスーパーじぃちゃんにも色々教えてもらって パーツ買いに行って 構造と仕組み理解して 無事修復完了…
初めて井戸の家に住んでいるが小石除去や水道周りのメンテが必要で ここ1ヶ月で なるほど!と思ったこと何度も こうやって暮らしのちょこまかしたことが 腑に落ちた時 こまなしで自転車すいすい進むようになった時の高揚 あるいは 雌雄同体と言ったところだろうか とにかく自分で完結していける爽快感はとても気持ちがよい

日曜日 車で自宅から40分ほどにある炭酸温泉\ラムネ温泉\ に娘と2人で浸かりに行ってきた
最初2時間くらいの予定と話したら そんなに入らんやろ!と突っ込まれたけれど結局3時間くらい入っていて出てから2人で驚いた
ラムネ温泉とゆうだけあって お湯に入ると沸々と体全体に小さな泡が全身タイツのようにくっついて 集合体恐怖症の人には地獄絵のようなお風呂だ
そして湯の表面はパチパチと弾けた音がしていて まさに炭酸水に投げ込まれたレモンのような気分になる
30度前後の(今の季節なら冷たい)炭酸泉なので 入ったらなかなか出られず その後サウナに入って またまた炭酸泉繰り返すこと3セット もう1セットいっちゃうかとゆうところで 入りたい気持ちはあるし体力も大丈夫だったけれど時間が迫ってきて断念 じわじわと3時間も温冷を繰り返された体は この寒空でもへっちゃら〜と思えるくらいポカポカに温まって 緊張した心身が一気にほぐれてとても気分が良くなった
良くなった どころではないか 最高ー
帰り道17時半くらい 写真にも言葉でも本当が映しきれない夕陽に向かって車を走らせた
谷間に住んでいるので朝日も夕陽も拝めないが たまに遭遇するこの壮大な光 無防備に心奪われる
これを見たらほとんどのものはなんちゃないって思うね と長女
人力で絶対超えられない何かを抱き抱えていて いつも当たり前に注いでくれる公平さが虚無と賛美の吐息のようで美しすぎた

わくわくしてる?
雪の日はなぜか早起きな子どもたち…そしてなぜか2人がやたらと協力的に楽しいことに突き進んで行く日
わくわくするってなぜか行動的で 協力的で平和 そしてよく笑ってる
やっと子供と一緒に暮らしている時間が大人にあるのかがわかってきた気がするこの頃
大人 わくわくしているか?
何かの枠にはまり込んじゃって枠枠窮屈してきた20代 枠から外れようと頑張って困惑していた30代 枠からでてきたもののやっぱり枠の中だったと気づく40代前半 そろそろ後半に突入 枠が枠惑しても残りの時間が迫っている…
もう決めてはわくわくするかどうかしかない わくわくして暴力的な諦めができるだけ少ないもの をすでに選び始めている自分がいる わくわくに浮かんで流れ着くところはどんなところだろう 生きているうちに見てみたい

今季2回目の朝起きたら雪の国へようこそ
集落から少し離れたところにある我が家 勝手に奥地に引っ越してきたので 道なりは出来るだけ自分で整備しなくてはと思っている
雪が降ると日当たりが悪い箇所は車が通って踏みつけてしまうとスケートリンクになってしまうので 今朝は早めの雪かき(中に下から回覧板を持ってきた車が踏みつけていったが…)
あまりに綺麗な雪だったので 家の周りで雪だるまを作っている子供にこっちの方が雪綺麗で深いかもーといっても遠くでつれない返事しか帰ってこず
勿体無いけど雪かくか…ザッザッざ…ザッザッざ…
こんなにふわふわで綺麗だからやはり勿体無い そこを勿体無いとゆう表現が適切なのかも微妙だが
やっぱり私が作ろう雪だるま!ってことで せっせと制作雪だるま サクッと作ってサクッと雪かきして ヤギの食べあとの枝などボーボー焚き火して体温めてしゅーりょーと思ったら
横道をブロワーと一眼カメラ持って歩いて行く(おそらく雪飛ばし)隣人の大先輩86歳じーちゃん 去年山仕事中の事故で骨盤を骨折し 少し脚を引きすりながらいまだに痛いはずなんだけど
いつも考える 私が気になること(落ち葉や倒木や雪やあれこれ)はきっと隣のじーちゃんはずっとズーーーっと70年前からやり続けてきたことのはずで 誰のせいにもせず誰にも言わず きっと自分が使う道だからってやり続けてきたって ここに越して来て静かに見て感じたこと だから 私も見習いたいと思ってできることをしている
が 少しづつ体が動かなくなってはきているけれど (それでも私より動けるのがスーパースペック過ぎるよと驚くこと多し…)喜びをとってないかってこと 冗談まじりで日常の中で確認したりするけれど 私が思う考えるこの場所と じーちゃんが産まれてずっとこことゆう場所 の 重みとゆうか大きさとゆうか存在そのものがきっと 私はまだ身体知できる器がない 最期の時までここにいられて暮らしを守ってその時を迎えられたらいいなぁといつも思う 尊敬と敬意をもって接したいお隣さんなのだ

2025年の大豆収穫 たったこれだけ これだけはある たったこれだけど来年また植える種にもなるし醤油と味噌は仕込める これだけもあるけれど 食べてしまったらすぐなくなっちゃうなぁ
有るのに欲すれば苦を生じ 無いことに満足すれば楽を生じる
農作業って精神鍛錬だなぁといつも思う 温度などその年の状態 水 毎年違う条件の元 同じ(と思い込んでいる)作物を 同じ形に向けて作っていくのだから
結構たくさん植え付けて 順調に大きくなって これ全部大豆になったら作業が手作業なのできついなと思って 枝豆でもたくさん食べた
が 結果収穫は4キロづつくらいだ 少ないっちゃ少ない いのちゃんが知らぬ間に食べていて 干しているところもわからないように食べていた…
が 今年は猪肉が15-6キロは巡ってきて(5キロづつ3世帯で分けた) 大豆を食べた猪かもしれないしそうでないのかもしれない そうだったら 大豆を食べた猪を私が食べたから 大豆を食べたも同然か
なんて思ったら 大豆が出した酸素も吸ってるかもしれないし 殻はヤギが食べて私は癒されているし 物体として恩恵授かろうことだけがやはり巡りの最終…巡りに最終も最初も曖昧すぎて滑稽なのかもしれない
豆は豆豆しく大切にいただこう

雪の日2日目/謎の連続ケーキ作りで砂糖にひたひたに浸る
私はレシピ読み上げ役に徹し 子供たち2人/16歳10歳にお任せして作ってもらい 生クリームスポンジケーキ堪能 さっケーキ食べよう!となったら キャンドルを用意し マッチで点火の10歳坊ちゃん 彼女ができたらその調子だ と数年後を楽しみにみた
クリスマス バレンタイン 正月 誕生日 なんでもある日が大事だと思い込んでいた頃より 今のなんでもない日のふつーのごはんの方が美味しく なんでもない日の方が平穏で満たされる つまり毎日がなんでもある日になった
なんでもない日おめでとう

アイシングしてしてみたいばかりの雪ごもりの日のケーキづくり
豆腐がスポンジに入っているレシピで 思いの外膨らまずずっしり重たくなったが 長女にはなかなか好評
粉糖を振りかければそれっぽくなるのだと初めての体験 これが噂の魔法の白い粉…危ない匂いがする
アイシング 粉糖 今までやったことがなかったとゆうか やってやるものか とゆう 白砂糖は悪みたいな思想だった(もちろん食べ過ぎはよろしくない)ため
小乗仏教的思想に生きていた(まだ進行形の部分もあるかも)結果感情は揺さぶられにくく 苦から逃れられたのかもしれないが 世界が灰色になった
もう少しだけ色づいたほうが豊か
だから ケーキ よって アイシング つまりは 置いてきぼりになった愛への甘美の発狂

さつまいもをたくさん頂いたので 干し芋を作ってみた
今まで何度か作ったが、ほして干して行く間に どれくらい乾燥したかな?もういいかな..どれひとつ…そしてまたひとつ…と食してしまい完成するまでに至らない とゆう 干し芋あるあるだったのだが 今回こそは途中で食べるまい!と言い聞かせ(お正月で私以外 家に居ない時期も狙って) ある程度のところで どれどれと味見食味を始めた ので今回は 胸張って干し芋です!と言っていいくらいまでになった
始めて干し芋完成!
なわけだが 完成してわかったこと
干し芋は完成まじかのミディアムレアの時が1番甘くおいしい よって今度からは完成しなくても良いとゆうことだ
完成を目指しつつ目指さない その曖昧さがなんだか芳醇
|干し芋作り方|
⒈芋を蒸す もしくは 茹でる(私は蒸した)
⒉スライスもしくは細長くして 干す そして干す
⒊完成間近に食べてしまう

ストーブ回りに柵がなくても手を出すような幼児もいない
が 猫は焦げている
10匹のうち8匹は どこかがちょっと から ガッツリまで 焦げている ガッツリまでくると すでに模様にも見えてくる…
それでやっと理解できたこと|カチカチ山のたぬきのお話|うさぎが復讐のために尻尾に火をつけて燃えているのになんで気づかないんだろうと子供のことからずっと謎だった が 毛がある動物は気づきにくいのだとゆうこと
猫も こっちがおや?たんぱく質が燃える匂いがするな とゆうところまで来ないと…いやそうなってもまだ ストーブ横でうっとり暖まっているのだから
ちなみに|坊ちゃんカット|とゆうのは本名で 最近は|日の丸坊ちゃん|と呼ばれている

年末の友人宅の八朔狩り(柑橘の中で1番好き)からの八朔の皮と晩白柚の皮の白いわた部分のピール作り 今までは冬の餌の少ない時期ヤギにあげていた部分だが…
2、3度煮こぼして ひたひたの水と皮と同量の砂糖で水分無くなるまで煮ていって 最後乾かして 必要なら砂糖まぶして完成 最後のひたひたの水に柑橘系の果汁なりを入れるとほのかな酸味が薫って味わえてなお旨し!
今まで皮剥いたら苦いのと酸っぱいの目に飛んできて ひょぇって言っててごめんなさい!皮こそあなたそのもの 脱がしてプリっパリっな果肉食べて知ったフリしてたけど 脱がさなくても魅力的な八朔ちゃんだった…

あけましておめでとうま
今年もよろしくお願いしまうま
よこしまうまな気持ちもおもしろさにして うまのあう愛すべき人たちと動物たちと植物たちと 尊い宇宙の中で うまく共鳴していたい
うまも好きだが どっちらかとゆうとポニー ロバの短足足太派…
ちなみに馬の歯雑学
比較的短い草類を食するのに適した切歯とそれを磨り潰すための大きな臼歯が特徴である。また、切歯 と臼歯の間(歯槽間縁)に犬歯以外の歯が無く、この部分にハミを咬ませてウマを制御できるという 構造上の特徴がある。
ウマの歯は年間3~4mmずつ伸びるが、野生の環境ではウマは長時間にわたり草類を食しており、 咀嚼により歯が自然と摩滅するため特に問題にはならない。しかし、一般に人に飼養されているウマ は、野生馬のように長時間草類を食する環境に無いことや、その運動量を支えるために燕麦などの濃 厚飼料を給餌されていることから、咀嚼の時間や咀嚼に伴う下顎の動きが野生馬とは異なっているた め、しばしば歯の過長や変形が認められる 歯の変形で体の不調も出るとゆうから 人間と同じくで 歯は大切にしなくては…

先週の雨の日のこと
家の敷地内で とても大きなミミズが揃って2匹でしかもすぐ見つかるような場所で 山手から谷手のほうへ移動しているのを見て なんだか違和感を覚え 変だな 裏の山がこの雨で崩れるとか?と思い ちょっと気をつけておこうと思いながら 外作業をした
烏骨鶏もどこからか20-25センチの巨大みみずを獲物として獲得し 噛めないが一気に飲み込めないとゆう 人間からしたら涙目になる苦しい状況で 口からだらりとミミズをたらし じわじわと奥に奥に食い進めていた
あれ まただ 今日はミミズディ…
夕方 温泉までの山道を抜けていく歩いて10分山下り ぎょぎょりと驚いた 数メートルおきにまたまた巨大ミミズがいるではないか!不運にも車に引かれてしまった子もいて 命懸けの移動をしなければならない理由があるらしい
あまりにミミズが動いているので調べてみたら そうだったのか!と驚いた
青光りした25センチ(ぱっと見その長さだから 本当はもっと長く伸びるはず)前後のそのミミズの名は『シーボルトミミズ] 暑い時期は山の斜面で過ごし 寒い時期は谷底で生活するらしい なぬ近年流行りのなんとか拠点生活じゃないか!夏は北海道 冬は沖縄的な感じ?だから先週一気に気温が下がり始めたあたりで冬の生活する場所に一斉に移動した のだろう
産卵から数えた寿命は3年で、夏に産卵、卵のままで越冬、翌年の初夏に幼生が発生し越年、成熟して繁殖 と この繰り返しらしく 一斉にいなくなる年が出てきてしまうらしい とゆうことはたくさんお目にかかれたのは幸運なのだな ミミズは元々好きないきものだったが生態系を少し知って ますます見る目が変わって愛らしく見えてきてしまった
小さな生き物がいればいるほど 大きな生き物が生きられる世界 小さな世界面白いなぁ…

私は45歳 おばさんで初初老だ いわゆる更年期と呼ばれるお年頃にさしかかり始め 月経 排卵日 その前後…と今までになかった感覚がお目見えしてきている
最近まで 生理不順も生理痛もなく 労わってもらうほどもなく 自分で対処できるほどのこと おそらく本来はそれが本来の月経のあり方だと思うが とにかく表向きは何もない ようになっていた
が 40歳を過ぎたあたりから 排卵日のちょっとした頭痛やだるさ、眠気が自覚できるくらいはっきりとではじめた
来ましたねようこそ更年期さん なわけだが そもそも更年期って何よ:おばさんがおじさんに変身していく過程なわけ?変身ベルト届いてないけど?いや…すでに30歳あたりからおじさん化は進んでいたから今更…だとも思う 聞けば様々な不調が出る人もいる が 自分の不調をなんでも更年期だけのせいにもしたくないような…
どうやら私たち|ホルモン|とゆうものにほぼ頭が上がらないらしい
生涯でたったティースプーン1杯ほどの分泌量で 命を誕生させることができ 私自身の体調も 性格でさえも たったそれだけの量に綱引かれて着いていくのみだ
増やそうと思っても増やせないし なすがままにまさに束縛されている状態か…
自由気ままな更年期さん 束縛癖のホルモンさん どうやらこのお二方の仲を取り持つことが大切な時期だとゆうことになるのだな
体のこと 脳のこと 宇宙のしくみ 潜在意識など 知れば知るほど 自分は自分で形成していないと言うことがあからさまだ 集合体の私であって1つの私でないし 決めることさえ何かが決めているのか…虚無で網羅万象 愛で無だ

右:パン屋さん 中:パン屋と同じ日くらいに焼いた自作 左:1番焼いて間もない自作
薪窯と昭和電気オーブン パン作りたった数日と何年にもわたるパン屋さん とゆう同じ土俵に立てないのに 恥ももう恥に思わないおばさんは あえて立ってみる
たまたまパン屋さんのパンをいただいたので食べ比べをしてみたら 味 食感 切り口切れ味 3種3様の個性が 単体を食べているよりよりわかりやすかった
味噌と同じで 同じ材料で作っても 大豆の茹で具合 混ぜる手や 保管場所によっても味が変わるように パンもかなりの振れ幅あってのおいしさなのね
そもそもの 主婦が気軽に作れるハードパンが目標だったので すでにそこは目標達成 あとは自分好みに 意識を練り込んでゆくだけ
次なる目標 普段のごはんのおかずにあう味のパン(おおよそ醤油ベースのおかずってことになる) ごはんのように単体でも愛すべき存在で おかずがいると 引き立てもエスコートもできる存在 1番は飽きない存在 そんなパートナーがいたらいい…パンの研究なのか 人生の迷宮入りしそうな問題解決研究なのか…とにかくつづく…

今年も石梨に会えて嬉しい その昔の梨 といえばこれだったらしい ちょっと酸っぱくて 食感舌触りは ザラっとしている
品種改良を重ね食べやすく甘くなった梨を知ってしまえば多くの人はこの梨を じょりじょりとそのまま食べる人は多くいないだろう(と 石なしを小さい頃食べていて 懐かしがってくれたおばちゃんが言っていた)
私も 梨といえば20、21世紀梨が大好きだ。が!石梨も大好きだ あなたもあなたも好きだから いい時にいい場所で 鉢合わせしないように会いましょう で良い
カルダモン シナモン クローブ 塩 黒砂糖と絡み合った石なしは 酸味がまろやかに引き出され それはそれは最高で 瓶詰めして保存して しばらくのおたのしみだ 最近の研究材料のパンにクリームチーズと石なしサンドは悶絶なうまさだろうなぁ…ワインと混ぜてもとても美味しい 飲めない私も少しは呑める
おそらく売っていないか 多くはもちろん出回らない希少品種 ありがたく愛おしく 自然の落とし物だから処理に時間がかかってもそこは 土っぽい味の濃ゆさおいしさと 滋養の高さがうんと上回る作業
それをまた自分や心地よい人たちと食べて分かち合うとゆうのがまた良い 自然の恵みは本来そうゆうところに喜び溢れるのだと思う

ちょっと前になるが 蓮の葉にこの にょこにょこ毛虫 がいて せっせと葉っぱを食べていた。数年蓮を見ているが 葉っぱを毛虫に食べられるのは始めて。ここに引っ越してきたから 周りの環境が 昆虫など生き物が多種多様だからだろうけれど…
パッションカラーの奇抜なファションセンスも気になるところだが 何より明らかに毒がありそうなふさふさファー付き さらには長い黒毛がおしゃれすぎる こんなに目立って誰かに食べられないのかも気になったが いづれ蓮の葉も枯れる時期だったので 葉っぱを食べる分には良いとして このまま居たらどうなるのか 大丈夫なのかなと調べてみた
おそらく名前は ひめしろもんどくが。(詳しい方で間違っていたら教えてほしい) 大きさが4-5センチだと幼虫のほぼ後期で いづれ蛹になるのでいなくなる とある じゃそのままでいっか と思って 2日ほどしたら 本当にあっとゆうまにどの葉っぱからもこのおしゃれさんはいなくなった。じゃ どこに新居を構えたのかしら と思い 近くを探してみるも さなぎらしきものはなし…どこにいったのかー
葉っぱはどれも食べかけの形で残っていた 意図的に作ったものよりうんと美しい
全部根こそぎ食べてしまうことなく 時が満ちて体が満ちたら 目の前に固着することなくあっさり次に向かう精神
この小さなおしゃれさん 何かの遣いか…
落ちてきた栗を出来るだけ採ってきたわたし さなぎになれず彷徨うわたし…

セイタカアワダチソウ
草たちが深緑から少しづつ秋のみどりに変わっていく中で そこだけスポットライトを浴びたように艶やかに光るセイタカアワダチソウ
菊のような青みの香りと ほのかな甘さが ひつこくないデザートのようで 後味スッキリ 私は結構好きだな ちなみに山羊も黄色の穂先は大好き
ひさしぶりに染めをしたくなる艶やかな存在