蓬酵母

とにかく。パン作りは苦手。できるだけ温度管理と捏ねるのはやりたくない私。そんなことゆうならパンは作れないのは当たり前なのだけど、そんなだらしない私が、ささやかに成功ぎみ、といってもいいのでは、、とゆうパンが最近できているのです。それは蓬酵母を作って焼く水分多めのパン。全ては酵母におまかせと言った具合に 混ぜて放置、そして焼く。とゆうような簡単パンなのです。酵母との関わりがちょっと嬉しく面白くなって、実験にちまちま焼いてみています。生米パンに食感が近く、もちっと食べ応えがあるので、ついつい食べ過ぎてしまう軽い小麦パンより、体には良さそうです。

粒米からもちもにょパンに

生米パン。なるものをいただいてから試しに自分でつくってみたところ。あっとゆうまに、しかも簡単に、もちもにょな、なんともみずみずしいパンが出来上がった。パンと呼ぶにはちょっと違う気もするけれど、これはとっても美味しい。小麦より喉が渇かない。あー、離乳食期に知っていたかった。レシピの量をただいま自分用に試作中

主婦のおともだちクックパッドに考案者のレシピあります→https://cookpad.com/recipe/6065741

規格外規格内

規格外人参ちゃん。

規格外は形が面白くていいと思うんだけど、単に完璧より不恰好な方が好みなだけかな?

|みんな違ってみんないい|

?ほんと?

|みんな違ってあたりまえ|

じゃなくて?

大人が規格外商品作ってる以上、子供にそれって言っていいのかな。なんて

意地悪な解釈している私です

ま。主婦としては、規格外ってだけで安く売ってもらって助かりますがね

つくし

この時期は家の周りにたくさん美味しいものがあるので、買い物にちっとも行かなくていいからいい。つくしは思った以上に出汁が出てさっと炒めただけでもとっても美味しいです。1月あたりからもう地下で頭を出しているつくし。あったかくなってニョキニョキ出たらすぎなに交代。つくしは食べて、スギナは乾燥させてお茶に。摘み取る楽しみ、食べる楽しみ。つくしとすぎなの地下茎さん、見えないところで命を育んでくれてありがとう。

繕ってまたこんど

暖か素材のウールもカシミヤもパシュミナもヤクも大好きなんだけど、薪を運んだり廃材の釘に引っかけたりと、いつのまにか穴あきは日常。靴下も毛糸はやっぱり穴が開きやすいんだけどあったかいから大事。今年のお仕事終えて、洗って繕ってまた来年。赤いところ穴あきだったので、繕いました。ダーニングとゆう言葉が流行ってくれてありがたい。私の着る物、持つ物 もっているものほとんど繕ってるからね。ただのツギハギが好きなだけなんだけど。

Identity

たまたま同時期に、全くの別の場所で、別の人がくれた同じ内容の助言|あなたの価値を必要以上に下げる必要はないし、その価値は充分にある|によって、|私ってなんだ|を考えていました。自分が上手くやれば窮屈もそうでなくなっていた、なんとなく綺麗事にしていたこともちゃんと整理して、自分が納得してしていくこと、それによって、自分のいい環境が周りにもまた影響するとゆうこと、やっとそこに辿り着いて、久しぶりに自分改革。きっとそこで、縁が続く人、そうでない人も出てくるかもしれないけれど、それはきっとこれまでの行いがその結果を生み出してくるのであろう、と怖さもあるけれど、変化していくことを選んだ私。きっとその先には何度も自分を改めるチャンスと新しい世界観が待っているはずで、変化は楽ではないけれど、自己向上には必須なことだと信じてみよう。自然が教えてくれたことで1番大きな恵|identity|変わらない信念。環境が変わっても柔軟に生き延びる糧と命を全うするだけとゆう信念。きっとそこに着地するはずだわ。

うごめき

小国町山川、やっと梅が咲きました。今年は雨、晴れで寒くて暑くてぽっかぽかとゆう忙しい温度変化で、まさに|三寒四温|とゆう言葉がぴったりな気候ですが、雨のわりに梅の花が散らず、長い間美しい景観と濃醇ないい香りに庭が随分満たされています。その足元では三つ葉やノカンゾウ、よもぎ、にら、水仙にチューリップと様々な芽たちが顔を出し、冬から顔を出していた青葉の野菜たちは一斉に青青しくみずみずしさを増し、一層生き生きし、蕾を咲かせ始めました。季節の移ろいを肌で感じられる暮らしが本当に贅沢なことだなぁと年々感じるのは、年を重ねていっているからでしょうか。。自然の変化の小さな一つ一つが家にずっといても全く飽きない要素になっていて、正直、人に会うことでいいことももちろんありますが、余計なことも考えなくちゃいけないこともありますので、お仕事がなければずっと家にいられるのに、とゆう気持ちもずっとどこかにあり続ける感情です。

最近、読み直している中谷美紀さんのインド旅行記。インドにまた行きたいなぁと思うけれど、今は叶わぬ夢ですので、本を読んでいった気分を味わっているわけです。その中に、|悟りを開いた人は2種類います。多くは悟りを開いて自分が幸せになったら世俗のもの、人にも興味がなくなって山の中に籠り自然と語らい、野生動物たちと共生している人たちもいます。しかしブッダのようにその喜びを分かち合おうとする人がいるのです、イエスキリストも自らが殺されようとしているのに、それでも罪人たちを許そうとしました。これこそ本当の哀れみです|

私は悟りをひらいてるわけでも超人なわけでもなく、世俗のもの、人にも、どんどん興味がなくなっているので山籠りしたい、できるだけ人工的なものに関わらずに生きたいと願う反面、ヨガとゆう伝える、きっかけになる、ようなやっぱり人と関わりのあることをやっていて、伝えたいことは山ほどあるし、逃れたくても逃れられない、それを自分でまだ選択しているので、きっと逃れたくない、何か。があるのだろう。と考えていた時の本の言葉でした。

心を動かす。とゆうのは実に難しいこと、なのですが、自然はひょいと簡単に心を動かしてくれる、無条件に動かされる、からやはり、ものすごい力が蠢いているのだな、と思います。

時間を貯蓄する

|モモ|を読みました。時間を奪われた、とゆうより、自分で選択して時間を失っている人間とそこに心を動かされない少女の物語なのですが、18歳の時、クラスメイトに面白いからとおすすめされて以来、読みたいなぁと思い続けて23年も経ってしまっている、その時間の経過が、まさにこの本が現実にありうることを思いつつ、今の機会に読めたことはとっても大きな気づきとともに、もやーっと言葉にも頭にも考えていなかったけれど、感覚的に理解し始めていたことを、ちゃんと整理することになりました。

|お金|の貯蓄ではなく|時間|の貯蓄について考えます。

現世界でほとんどの人が時間を費やしていること、睡眠の他に、きっとお仕事。だと思うのですが、それはなぜなのでしょう。いろいろな目的があるとは思いますが、大半はお金のため暮らすためだと思うのですが、目的がどうであれ、お金を稼ぐことも、そこに時間を費やすことも悪いことではなく、その使い道。が、働いて時間を費やしたことが、時間を消費したのか、それとも時間をさらに貯蓄したのか。に変わるのだなと考えました。

|時間の貯蓄|といってもみえないので、言葉を変えてみると。

例えば、農家さん。は時間を費やして食べ物を作って、お金にも変えつつ、今日の明日の、もしくはいつかの自分の食料:原料も作っているので、いつかの食料分の時間貯蓄をしたことになります。

昔の暮らしが全てではないのですが、昔は毎日費やしていた時間はまたいつかに使えるものとなる食べ物が便になり肥料になり土になりまた食物へ、薪に灰になり土になり、結局いつかは巡り巡って還ってくる、いわゆる循環の中で、時間を使いながらも時間も貯蓄しているような感じに受け取れました。

一方、今の暮らしは毎日費やしている時間をお金に変えて、そのお金の返還されたものは、ほとんどが消費してなくなってしまうもの、もしくはまだあってもすぐに代替えされてしまうもの。になるので、結果、時間を消費しっぱなし。になるので、時間がいつも足りない状態。

我が家はガソリン以外の化石燃料はできるだけ使わず、基本は薪で暮らしていているので、5歳の息子は、薪集め、薪割り、そして、薪で熱にする手間暇、もちろんそれより大きな楽しみがあることも理解しているようで、たまに使うガスを|セコセコガス|と呼びます。最初、セコセコ?と意味がわからなかったのでセコセコって何?と聞くと|セコセコってせこいってこと。お金では買わないといけないけど、使いたい時に直接的には体を使わず、ラクして使えるってゆう意味でセコセコやん|と。なるほど。

うちでは、上のように、労力で時間とお金を貯蓄していて、楽したい時はお金を使ってガスにすると労力時間は減り、時間の貯蓄を増やします。

|time is money 時は金なり|

って時間はお金ほど大切だよ。とゆう意味解釈していましたが、実は少しちがっていてhe is jony 彼はジョニーだ。ジョニーは彼のことだし、彼はジョニーで、彼でもありジョニーでもある。

お金は見えて、時間は見えないので、時間を貯蓄しているかどうかは自分自身の感覚であり、暮らしの中での自分の選択によって増やすことも減らすことも、可能ってわけです。

時間の貯蓄。過ぎていくから浪費でもなくて、過ぎて行かなくても貯蓄ではないとゆう

まるで迷路の中をぐるぐる回っているように本を読んでいましたが、読み終えるとちゃんとその迷路の道がはっきり見えるようになって、なんだ。複雑じゃなかったんだ。迷路に入ったと思い込んでいる自分が右左に回り道をさせていただけで、まっすぐ行けば出口だったんだ、とゆうような気持ちで23年分の時間を貯蓄しました。

1回目の糀は、うーーん。いまいち。で、反省点をふまえて先週2回目↑は、むむ。随分いい感じになってきました。今週末またまた糀づくりに挑戦です。納得いくまで今年は糀を作り続けます。いまいちだった1回目の糀は塩糀や甘酒に、2回目のは、味噌に仕込みました。こどもたちが、っもはーっとなった米の塊をみて、糀ってカビなんや!と驚いておりました。腐敗か発酵か。生と死のように全く同じ世界感なのですね。

01302021|41

先日、娘あもの同級生の女の子に手作りクッキーもらいました。娘の友達から誕生日プレゼントに手作りクッキーをもらう日が来るとは。お菓子屋さんだから、料理屋さんだから、ってみんながプロじゃないんだよね。心は立派にプロ、味もしっかりパティシエ!お菓子の神様宿ってる!クッキーでした。思いがけず嬉しかったな。娘のあももレアチーズケーキを作ってくれましたが、こちらは普段やらないことをしているので、まんまと失敗。うまく固まらなかったのでパフェレアチーズケーキになりましたが、こちらも濃厚美味でした。失敗はしたけど、1人でせっせとやっていたし、熱源は全部薪ストーブで工夫していたし、冷蔵庫の代わりに外の氷の中にうまいこと冷やしていたし、後片付けも珍しくばっちりで、感心しました。2人の女子を保育園の頃から見ていますが、体も心も成長甚だしいこの頃。結構楽しみだったりしています、今度、嬉しかったオバはんは、2人をドキドキワクワクするようなおしゃれなカフェにでも連れて行ってやろうと思います。

麹づくり|2021

今日から麹づくり。自分たちで育てたササニシキを麹にできること。それだけでもう充分な幸せ度です。何年か前から細々やってみてはいるものの、まだまだうまく作れないかもしれないけれど、とにかく始めてみる。やらないとできるようにはならないから、やってみる。それでも、去年初めて自分で作った麹と自分で育てた大豆でお味噌を作りましたが、とっても美味しいのです。麹づくり。冬の大切なお仕事です。籾から剥がして玄米に、玄米から白米に。そして蒸して麹つけて、、その時に出る籾も糠も全部、また循環の中に返してあげられる喜び。誰にあげるわけでも、売るわけでもないので、ただ、お米と向き合うだけ。これから3日ほど、麹のお世話係おばさんです。

先日、ササニシキの玄米を浸水し、乾かして、石臼でゴリゴリして玄米粉も作ったので、クッキーにしてみたり、ケーキにしてみたり、どんなふうにしたら美味しいんだろうと、麹作りの合間に遊んでいるのですが、いや、美味しさも求めているけれど、エネルギー?パワー?がやっぱり買ったものとはまるで違うので、原料から自家製とゆうのは、美味しいとか、まずいとかではないのです。それを言い換えると自己満足とも言います。

麹菌と自家製のお米と川嵜家菌のトリプル相乗効果ですごい力みなぎる麹ができますように。

タイプライター

2年前に古いもの好きゆえリサイクルショップで見かけてスルーできなかったタイプライター。買っては来たものの、インクテープのことも問い合わせたものの、しばらく放置していたのだけど、使わなくちゃこの子、死んじゃうわ、と急に思って、テープ取り寄せ、がちんがちん。と作業しました。何を、、まさかの滅多に配ることのない名刺を作ってみました。前の名刺は自分で紙を漉いて!作ったんだけど荒くて字が書きづらかったので|それはそれでとっても気に入っているけれど|今回は市販の紙にタイプライターー。いい塩梅です。そんなこんなで、タイプライターと近所の納屋片付け手伝った時にいただいていた、こちらも昭和な切断器で、アナログ作業しているもんですから、Instagram。今更..今頃..なのですが、お友達のお店のことを見るためだけに登録していたのだけど,なんの投稿もないのに、フォロワーなる方が私にいることに驚いて|かなり放置していた様子|ちょっとやってみることにしたわけです。アナログな事してますから、Instagram、ちっとも使いこなせず。よくわからないので、変にコメントとか、いいね、とか、やり方がわかんないわけです。流れてくる情報に弱いのであんまりみないし..多めにみてください。わざとではありません。どうやって誰かにお知らせするのかもわからず。https://www.instagram.com/une_sukima/

おてあてのこと

|おてあて|

|おてあて|と名付けて見切り発車している私なのですが、どうゆう思いで何をしているのか、を1ヶ月くらい考えてやっと文章にまとめられました。私にとっては、かもしれませんが、心で思っていることを文字にするって本当に難しくて、日々のブログのように、思ったことをつらつら吐き出していくのとはまた違っていて、簡単に、出来るだけわかりやすく、しかも何回読んでもそう思えるよう文字化する、とゆうのは、実に大変です。心なんてものは、いつもゆらゆらしているし、微妙なところでこうかな、でもああかなと思っていることもあるわけで、ずっとずっと考えて考えて書き直して、やっぱりそうだわ。と思えるまで、ひとまず。それでもまた読み直して更新していくのですが。必要な人に繋がることを願って。

柚餅子

時期遅れ、の柚餅子を今日作りました。皮に張がないおばちゃん柚子[私と一緒]の中身をくり抜いて味噌にお砂糖加えて柚子の中に詰め込んで、蒸して、紙に包んでしばらく熟成。今回は古味噌に黒糖のコクありバージョン。何年か前に作った以来のゆべし。むふ。できるかな。楽しみ。

3羽の鳥がポケットに

昨日の夕方、近所に住む愉快なおじさんが、オンくんの上着ポケットに、手のひらサイズの3羽の鳥を、左ポケットに1羽、右ポケットに2羽入れて帰って行きました。森の中に住むおじさんは、家の窓に当たって死んだ鳥を|どうやらよくそんなことがあるようでよく食べている様子|その日、美味しいから誰かにあげようと持ってきていたようです。焼き鳥屋さんもしているおじさんが、美味しいってゆうのだから、きっと美味しいんだろうと、ちゃんとさばいていただきました。あもさんも羽むしりから、ちゃんと解体まで。足も骨も小さく、食べるところはほんのちょっと。でしたが、味わい深く、命を丸っといただきました。今回は死んでいましたが、生きているところから、丸っと解体していくと、本当に愛おしい|肉|になります。スーパーで買ってきたのとは全く違う感情が生まれてきます|本当は同じ感情にならないといけないのでしょうが…|。骨の中の中まで吸い出して食べてやりたくなるほどです。それって動物的に欲している、持ち合わせている本能なのかもしれません。野生の鳥だと、カラスとスズメ、もいつか食べてみたい鳥であります。美味しいらしいです。それから、むしった羽が美しいのでひとまずおいています。子供たちは枕の中身にすればいいやん!と言っていましたが、同居している2匹の猫たちのうちどちらかの枕くらいにはなるのでしょうか。