
もうすぐ咲きそうな蓮
もうすぐ花 もうすぐ実 もうすぐ…もうすぐ…野菜も その辺の草も もちろん山羊だって 毎日気にかける生き物がいて 着実に成長したり 時には急に枯れたり死ぬことだって勿論あって…生きるを全うするのを ただただ見て回るだけでも こんなにおもしろいとは!

もうすぐ咲きそうな蓮
もうすぐ花 もうすぐ実 もうすぐ…もうすぐ…野菜も その辺の草も もちろん山羊だって 毎日気にかける生き物がいて 着実に成長したり 時には急に枯れたり死ぬことだって勿論あって…生きるを全うするのを ただただ見て回るだけでも こんなにおもしろいとは!

最近の19時から半までの間は 癒しの音と空気がもう溢れ出さんばかりに充満して おしっこちびりそうなほど気持ちが良い時間だ
日中の暑さがひんやりとした空気に変わり 家の中で窓を閉めていても心地よい温度 ひぐらしの大合唱…とにかくの大合唱!陽が暮れゆく時のピンクとも青とも見えるコントラストが強い柔らかな光…
温泉に入ってさっぱりし 日中の暑さの中 外作業をしてほんのり気だるい身体と満ちた心
そんな時間に 息子と私は大体 それぞれの好きな場所でたるぅ〜っとそれぞれ本を読んでいて 19時半前後に烏骨鶏が鶏小屋に帰るので鍵閉めしてから ごはんでも食べますかーとゆるっと始まる夜ごはん
部活で帰宅していない長女はこの時間味わえないなんてちょっともったいないなぁと思いながら 彼女は彼女の時間を過ごしているのだろう…
毎日そんな時間があって 何だこのゆるみと幸福感 余計な雑音ざわつきも全くない時間 その日1日が丸っと包み込まれて安心して陽が落ちてゆく…

梅雨明けて 湿気を吸ってくれた畳を干し上げた
上げるまではちょっと面倒だなぁと思うけれどやってしまえばこうゆうことって気分がいい 棚をどかして後ろ側を綺麗にするとか 木のスプーンをオイルでメンテナンスするとか 瓶詰めのあれこれをまとめて 空き瓶を作るとか…
言い出せばキリがない暮らしのあれやこれ いつも全てに意識を向けられないけれど そうやって順繰り細やかに意識を向けていくと 家だって 物だって やっぱり嬉しいんじゃないかと思う
住めば都になった場所と家 物だって気に入ったものしか持っていない けれど また違う場所でも 物がなくなっても また同じように好きに暮らせるなとも思う 好きだなと思う意識が大事にしているだけで その意識がなくなったら どれだけお気に入りだった物 も 何でもない物 に成り下がってしまうのだから 大事なのは意識で 物がどうこうではなくなった
いつかすっぱりとお気に入りのものも全部処分して 本当に少ない荷物で移動してみるのもいいかもなとも思ったりもする
が 今はあるものに 意識が向くもの は大事にしたいと思う
さて 干した畳が楽しみだ
夏の夕暮れに ひぐらし聞きながら畳に寝っ転がる 毎日夏休み!

ネムノキさんが裏山に居る
彼女[と勝手に思っていて]は 初めてここにきた時 家の裏手を笹と竹が家を覆い被すほどに伸びていて 埋もれて窒息しそうにひょろひょろだった
裏手を切り開き[結構大変だった…]風が通り太陽を浴びて1年後 すっかり大きくなってシンボルツリーと言うに値する伸びやかな木になった
夜は眠るように葉っぱが合わさり 早朝もまだ寝ている いつのまにかパーっと開いて起きて あくびでもしているような雰囲気で 初夏の今は花盛り

花は繊細すぎるほど細くふわふわ とってもとぉても控えめで小さい黄色の先端 白から桃色とも赤紫ともいえる色への柔らかな移ろい 見た目も抜群に可愛いけれど
何と言っても香りも印象的 ほのかな酸味のある甘さと 柔らかで暖かい香りだ
ネムノキについて少し検索していたら 風水的には 家運が下がるとか健康運が下がるとかで 家に植えないこと と書いてあった ふーん…
家運も[金運も]今より下がることがないほど いつも底辺だから そんなの怖くない 笑 健康運は下がったら上がるのみ
ネムノキさんがそんな彼女じゃないことを信じて 毎日見上げて愛しむだけ

種まきした緑大豆の残りを 食べるために浸水していた よぉく見たら手前1番上の大豆は もよもにゅとマシュマロマンのようでかわいい
綺麗だなぁ…
身の回りに 清らな風景が せせらぎがあって いい音が聞こえて 潤しの空間が広がる 傲慢に作り出さなくても 次から次に巡り恵まれていて 誰かのその感覚と擦り合わせる必要もなく そのままを自分の感覚で美しい と感じる 頑張りと多少の無理も承知で作り上げていくものと思い込んでいた それ は 主体となって作り上げるのではなく そもそもはじめから完璧な美しさで ずっと降り注いでくれている
世界が狂乱に入っていっていても 最期まで この美しさの中で心の平穏を保ちたい
生きている中で生きるために必要なもの 必要な食 良い音 本当に良い音 おいしいもの おいしい音 ぜんぜんジャンクじゃないいいモノ きもちいい人 きもちいい空間できもちいい人ときもちよくなることができる自分がきもちいいと思える空気は自分が分ける 自分がそこにいて周りに同じきもちよいと感じている人がいる
同じ世界のようで意識の数だけ世界があって 遠い世界で生きる人が描いたその世界も この言葉の世界なんだろう 私は言葉通りの世界ですでに生きている

倒れそうだなぁと思っていた枯れ木がついに…夜中に倒れたんだろうけれど全く気づかず…
数日内に掘り上げるジャガイモの上と こんにゃく隙間をぬって倒れてくれて 気を遣いながら倒れてくれたんじゃないかと思うほど 実にエレガント!
すでに枯れ気味の倒木ときたら…薪だー薪だー薪が降ってきたぞーイエーーぃ! サクッとチェンソーカットして雨が乾けば使えそう
木ぃさん、絶妙バランスで生きてたあなた好きだった 切り刻んじゃうけど 薪にして 熱なり暖になりに使って また灰で土に還すよ
チェンソーといえば 自分経験強化するために欲しかったもので 1位は丸鋸 2位インパクトドライバー 3位チェンソー 電化とか石油燃料とかといいながら… 1人で色々するには 黄金の三種の神器なのだ!を手に入れたおばさんはめきめきとおままごと工務店なり 薪なりを作れるようになってる ここぞの時しか使わないが 本当に助かっている道具なのだ
その昔 男と女の差別格差が農業によって パワーの差が原因で 格差ができたらしいが そもそもデスクワークの職場にすでにそんなパワー差ないし 力じゃなくて頭脳なのでは? [なのにまだ根強く残るパワハラと古い構造 暗黙の的な 女の方が下的な意識のすり合わせ]下手したら農業だってものすごく進化した機械があるので パワー差は あんまりない になってきているのかもしれない
ジェンダーとゆう問題に取り組むことも大事だが そもそも男女の差別全く解決してないところいっぱいあることすら気づいてないことが 危ないよーなんて思うょ
おや そんなことが言いたかったわけじゃなくて
雨で道すがらの木が倒木して 電線にかかっていたので 九州電力さんに切断をお願いしていたところ 流石に色んなところに呼び出しがある雨明けの時期が時期 緊急性の高いところから ってな話でいつ来れるかわからないとの返事だったものの 案外早く来てくれた ありがたいよねぇ 落ちてきてたら切るんだけど 先っちょが電線に引っかかってるから高所作業車ないと 下手に危ないんだもの
で そのたまたまに 私が早めの温泉に行った帰りに出くわして 見てたわけ 作業員のおやっさんのチェンソー捌きが凄くて 見入ってしまったわけ あれは経験が芸術 おやっさん かっこよかった… さくーさくーさくーっと小さな小回りきくチェンソーであっとゆうまに切ってくれて ありがたいよねぇ これで安心して道通れるんだから ありがたい そんでもって おやっさんチェンソー捌きまで見れて 被害出なかったから倒木ありがとう と言ってもいいかもしれない 後日その木も ちゃっかり薪として回収したい私…

雨の家中業/2018年仕込みを絞ってみた
な な なんだこれはー!う う うまいー‼︎[口から光]
これは料理に使うには勿体無いほどの甘味 熟成度が想像を遥かに右上をいく旨み 自家製でしか待てない年月熟成からのおいしさ
8年前の私 ありがとう – – – –
保存食は過去からの恋文
愛をめちゃんこ詰めて更に熟成された恋文を開けた時の悦み〈よろこみ〉は 書いた本人しか味わえないほころみとなる
|琥珀色のみりんになるまで|この文を開封するのは還暦にするか… 未来のわたしは誰と どんな空間でその味を分かち合っているのかしら…

|星野道夫|さんが紡いでくれた言葉の織り成す世界が美しいと思う
旅をする木 とゆう本を読んだ時は 星野道夫さんって聞いたことはあるけれど正直…それだけ多くの人が魅了されている理由すら知らなかった たまたま手元に来たその1冊を余計な先入観なく読み始めたら 引き込まれるようにあっとゆうまに読んでしまって その言葉選考の美しさに心奪われてしまった
それから この人なんなの‼︎[そうゆうあんたがなんなの 星野道夫さんを知らなかったなんて!]となり 写真や他の本も読んでみたのだ
知人から 写真展が福岡であるよと教えてもらい 巡回写真展|悠久の時を旅する|を見に行ってきた
感慨無量…
アラスカの壮大で 美しさと愛があって とてつもなく厳粛で[と 想像するだけだが]感情が入り乱れながらも自然の成り行きとその様に圧倒的な無力さと 尊さを垣間見た その心から出てきた言葉に感動し 目の前に残してくれた写真のその向こうを想像した
厳粛さは違えど 近くにいる山羊たち 烏骨鶏 猫たち 植物たちの世界を身近に感じている自分が感じている日々のことと重なり
動物たちは癒しをくれ 生きているってことを教えてくれる とゆうフレーズに涙も出てきてしまった
展示には 写真だけでなくカメラや本人が愛した本の紹介もあった
私もずっと読みたいと思っているがチャンスに恵まれない[好きな作家2人がおすすめしていたし]と思っている|デルスーウザーラ|そして|極北の動物誌| たまたまうちにもある絵本の|すばらしいとき|
絶版だったその本を誰かの熱意で復刻してくれたから読める|極北の動物誌| 星野道夫さんが名作と呼んだその本を 悠久の時を旅するように読み浸りたい 本もまた旅のひとつだと思う

オーブンの中から 扉を閉めていても聞こえてくるじゅわじゅわとチーズが弾け踊る音 甘塩っぱく酸味がかって 口の中に唾液が増える香り いざ!オーブンが容器を取り出しても尚 弾け踊り続ける表面 熱々をハフハフしたその瞬間 舌にちょっと火傷もしながら食べるグラタンときたら 幸福極まりないな と思った チーズが好きな人にとっては…
最近 排卵痛がある 46歳そろそろ閉経に近づき 気づくときゅっと痛くなる日があって 今までそんな痛みも気になったこともないので 絞り出してくれている感満載だなぁと思うようになった
残りから数えた方が早い卵ちゃんを なんとか出してくれてる自分の身体の機能にきゅんとなるが 出したところでもう出会うことのない精子も待ってるなんて なんとゆうことか!
友達は新しい出会いがあれば 元気なんだしまだ産めるんじゃないかとか冗談で言っていたが 精神/経済共に崇高な状態じゃ無いとリスクが大きいことは 身体の変化を通しても経験からも理解ができる そもそも産めたとて それからを考えたら気が滅入る…夜中に何度も起きるとか むりー笑 先日の夜中の豪雨でも全く気づかず熟睡おばさんだ…
熱々のホフホフを食べる方が断然美味しい そして何より美しさもそこが最高潮なグラタンは時間勝負でもある 私の卵ちゃんが出てくるあと何回かの間に 何度子供達と一緒にグラタンハウハフ食べられるかな…
グラタンの瞬間的な時間を共有する貴重さと 瞬間的に排卵される卵と瞬間的に出会う精子 それぞれの時間の交差するところに居合わせたものだけが 出会えるものがあるらしい

友人から全10巻|アナスタシア|を順ぐり借りて 最近最終巻を読み進めている
ロシアタイガに住むアナスタシアの存在 その神秘さに加え 現代科学で理解し得ないようなことも多く 実話と書かれているが 実話なのか物語なのかは 私は正直わからない
ただ信じれば実話になり 空想すれば物語になるのだと思う
どちらでもいいちゃよくて 響く言葉や想像できる背景 納得すること 共鳴できる時間がそこにあればきっと良い本に出会えている
|暮らしの 環境を 磨き上げる!|
最終巻半ばで ずきゅーんと心打たれたこの箇所
まさに今わたし自身が何よりの時間とエネルギーを使ってやりたいことだし 実践にも移しているからこそ 共感したし 孤独も隣り合わせで かつ喜び得ながらやっているんだけど 後押しとゆうかぎゅっと包括してくれる優しさがあって とても潤った
それが何より生きているって感じがして何にも変えられない時間だから
|生きている実感を失うから|
俳優の東出昌大さん ファンってわけじゃないが 山に住み始めてからの彼の言葉はとても深みがあって好きだなぁと思った 偽りなく誰でもない自分の言葉だなぁ…と
[見たことないけど]YouTube停止の理由について そのためのご飯作りの動画を撮るための時間がくわれ 生きている実感を失うから だと書いてあった
暮らしの中で必要なあれやこれ 薪を集める 食料を調達する 火をつける 環境を愛でる 生き物を愛でる そのひとつひとつに 生きている実感があるのは私も同じで そんな時間を どうでもいいやと思うような時間には変えられない
今日も薪火に暖められて癒される 夏でも冬でも直火は身体に優しい

トイレの横壁がべにょべにょになっていたので 前回の雨の時に創り替えた
ただの壁は暗くて嫌だし 変な窓でもつけたい気分になって古いガラス窓を横向きにして しかも開閉できるよう|突き出し窓とゆうらしい|にしてみた 開けて固定するものは何かいいのがあったらつけるかってことで 今は簡単に開くし 開けて固定することはできない とゆうか固定して開けてたら突き出し窓が覗き見窓か…これほどようこそー覗いていかないかーい だと返ってそそられないね私なら
その覗き見窓 トイレに行く時 猫がなんですかなんですかとぞろぞろついてくる時があって 入れずに外で待機してもらっていると 必ずこのように 手が出てきたり 引っ込んだり 片手だったり両手だったり…
その壁の向こうに使わない足踏みミシンを置いてあるので その上に乗って 中が気になってしょうがないので 手を突っ込んでみるって行動にでている猫たち
トイレで気分ほっこり緩んで でるものもすっぽりするり
イタリアにある真実の口 うちにある真実の口窓
昭和レトロ模様ガラスなのでモザイクかかって見えるから懺悔の部屋としても使えるかもしれない…ニャーメン
日々の切り取りのこの1コマ 動物たちがいると毎日滑稽なことが盛りだくさんある

じゃがいもがまだ枯れない みどり緑の葉っぱでまだ枯れない 雨の前に掘っておきたかったけれどまだ枯れない
だけれど |もじもじ|待てなくてちょっと掘ってみた
まだ掘り起こされたくなくて照れた赤い芋 紫に青ざめた芋 掘り起こされたのに気づいてない白い芋… ちょっと掘っただけだが結構育ってて残りの掘り掘りも心おどる
それにしてもじゃがいもは驚異の繁殖力でたった3ヶ月ほどで増える そしてそのまますぐに主食にもなる 米は栽培に手間もかかるし7-8ヶ月もかかったうえに 脱穀とか食べるまでにも時間がかかる なので芋主食はものすごくこれからの時代にぴったりだと思う なので 不安定なこれからの時代に安定収入より安定芋収穫 芋安堵貯蓄が心づよいかもしれない 利芋つきまくりーぃ

大豆にょっこり
種蒔いて優しく土をかけて 出てきてくれた時の喜びと言ったら何度経験しても心ときめく瞬間で思わずにんまり
豆類発芽は特に好物で 豆が葉っぱ 葉っぱが豆なところに脇腹こちょこちょされるような喜びがある 今年は何年もついでいるが名前すら不明な白大豆と みどり大豆 黒極小大豆 さらに今年初の白の岡大豆仲間に入れて4種の大豆の発芽にうひょうひょと経過観察中だ
直播と苗床の二手に分けて種まきし 直播の方はすでに2番手葉っぱが出てきた 直播より遅くに種まきになった苗床の方はきっと雨が明けたら大豆森になっていて またまたひゃっはーな気分に小躍り
これだけたくさんあっても 食べて 朽ちて土に戻って0になる これだけの達成感 喜びがあっても0になる ゴミも全く出ずに しょうがないよねと何かを暴力的に抑制することもなく でもこの0からのものがないと私は生きられない なんてうまくできてるんだろう と この宇宙のシステムにスペックに毎日感動する
お金持ちよりお種持ちになるわたし…を思い描く日々
にやける

82歳の友人のお宅に行くといつも山野草が美しく飾られている 枯れてゆくさま 葉っぱや花がはらりと畳に落ちているのもまた美しく 煌びやかな瞬間だけを切り取って花をいけるとゆう概念が覆された
草木染めと織を生きる糧にしてきた彼女は 持っているものも極端に少なく とても質素に暮らしながら 行くたびに季節の山野野花で飾られた暮らしに対する彼女の美学に触れるたび その世界観に魅了され 見失っていたものを明確に意識して帰って来る自分がいる 華美でも強引でもないその美しさが心地よい
77歳の親友が創作したこの器に一間惚れした 庭先にほったらかされていたこの花器を譲ってもらってから 織の彼女の世界観への心地良さを 自分の暮らしの中にも取り入れてみたくなった
季節に自ずから芽吹いた静かで秘めた生命力高い草木を生けている 同じ花器 場所でも空間がガラリと変わる 生命の波が空間に毎回違う息を吐き出し その間合いにはっとさせられる 何度見ても魅了され浅い息を深く緩やかに戻す時間になる
アーティストでもないしクリエイティブもよくわからない 美意識なんてないただのおばさんだが…無理強いし 永続的ではない人工的クリエイティブの息苦しさとは別格で すでに世界は美しいものに溢れている そこに溺れるくらいのみこんでもらって暮らせている今はとても幸福な時間が流れる
ヨガに来た人が来たすぐに寝ちゃうことがある 不眠症の人がうっかり 寝ちゃったりもする ふっと寝ちゃうことがある きっと人の世界の日々の汚れを美しさと強さで満たし その波で溺死させてもらっているんだ そして息を吹き返した人はなんだかすっきりと目覚めた人になって ぷかぷかと浮いて帰ってくる なんて感じている

最近立て続けに 水に関する枯渇もしくは変化の話を聞いた
車で20分の場所にあるまさに秘湯だった温泉のお湯が出なくなっている話 またまたご近所 車で20分ほどの山手のお宅で山水を引いていたがほぼ無くなって生活水を汲みに行っているとゆう話 以前住んでいた集落の温泉のお湯はでているが明らかに前と違ったお湯が出ていてヘドロのようなものがいっぱい出始めている話
地熱開発だったり 雨の量や雪の量が少ない問題もあって 何が直接の原因か特定は難しくても 車で20分圏内近隣でこの状態 ちょっとどころか大いに気になる
全国はどうなのかと思ったら 驚き いろんな場所で温泉の枯渇が目立ってきているらしい すでにもう何件もなると変容は明らかですでに時遅し気味なのかもしれない…|全国で枯渇する温泉源泉|
地下水や井戸の異常な汲み上げも 全く関係のない話じゃないかもしれない 商業=資本主義の承認欲求的金儲け に使いすぎていることで 暮らしの水がなくなってしまうことがなんと馬鹿げたことか
水の潤いと恩恵がいかに命につながっていること 中村哲さんが引いた川の水で砂漠が緑の森になった映像は身震いするような感動だった いつまでもあると傲慢になることの愚かさ 戒めて水を大切に大切にしたい

ここ数年知人宅のもう採らない梅採取とその辺の整備も兼ねて|これがメイン|がある 今年は上の方を欲張らずだったので7㌔をまず仕込んでからの 今の家の梅仕事だ 思った以上にたわわに実ってた
青梅と酢と砂糖|黒糖なら尚良し|で1年 梅を取り出してさらに寝かせる梅酢が味も好みで 料理にもお菓子にも そのままも使えてとても重宝する 何年も寝かせると酸味が落ち着き それはそれはまろやかな味になってそれこそ飲んでも旨い!になる 砂糖漬けだと醗酵してしまって 結局飲みきれない人にもおすすめレシピ
今年は梅干しどうしようかなぁ…毎年頼んでる塩がまだ来なくて 間に合えば嬉しい
初めての保存も考えていて 材料があるみりん絞り粕漬けと醤油麹搾り粕漬け も作ってみようと思う |ただいま塩漬け下処理中|どちらも味の想像ができない未知数…日本酒に合うような…
嘘のような本当かなと自分でも不思議なのだが 私はつい最近までお酒が飲めなかった|飲んだらすぐさま頭痛と吐き気だったので ほとんど飲酒したことがない| にもかかわらず 最近頭の痛くならず飲めるように|と言ってもコップ一杯ほどで満足で可愛いもんだ|なっていて ワイン 日本酒 米焼酎も美味しいと思うようになった
46歳おばちゃんになってホルモンの変化なのか 体質が変わってきたのか とにかく美味しいと思うようになった なので今年は梅酒も漬ける
死ぬまでに一度くらい酔って記憶がない状態にもなってみたいもんだな |まずどれだけ呑んだら酔うんだ⁈|一緒にお酒が呑めて解放してくれる人を待とう
とにかく 今年も!梅と戯れられてうれしくてしょうがない

軸のハイカラ模様 軸の中から食い破って出てくるような葉っぱ部分…ぎょぎょりとおどろおどろしいこのお方こそこんにゃく芋様だ
手作りのこんにゃくは目ん玉飛び出てて落ちるくらい食感がエロスで 味も昇天する旨さだ あのぼっちゃり丸い見た目と地味目の灰色の内側に秘められたそのエクスタシーは 手作りこんにゃくを初めて食べた人にしかわからない…はず…
市販のこんにゃくはそれほど弾力なくクセもなく力強さもなく 八方美人的な美人だが 手作りこんにゃくは まさに峰不二子!
前の家から種芋を移植して さらに譲ってもらった種芋も仲間入りして芽が出てきたこんにゃくちゃん いつかいつしかこんにゃく芋からのこんにゃく自作を夢見ている
まず芋を育てて3年 それがようやくこんにゃくの材料として使える芋となり 灰汁で固めてできる 材料と作り方は簡素なこんにゃく
なんだけど…その簡素な中に奥深い塩梅のコツがあって|だって峰不二子になるんだもん|灰汁の塩梅 量 などなど至る所に塩梅があって 固まったり固まらなかったり 見様見真似で作ってみたがやはり その塩梅の微細差でうまく固まらなかった
土が近くにあって畑があって だけれども杉ばかりしか生えていない山では人も豊かに暮らせないように獣たちも暮らせないので 山から降りてくる 里山のない今環境で降りたらすぐ人里だ 田んぼだって畑だって 作るは作るがいつ何時獣たちのごはんになるかは全ては運…とも言える
囲っても囲っても終わりのない物語…を田舎の人たちはやっているのだ
その点こんにゃくは野放しでも標的になりにくい|シュウ酸強すぎて食べられないのかあんまり美味しくないのか|放置でも案外できるし 人の生きる道はこんにゃくが未来だ
ぶりんぶりんの峰不二子こんにゃく
いつか出来た際には頬擦りしてもみくちゃにしてやるぞぅ

自画自賛 珍しく褒めて欲しいとも思えるほどに美しい気泡入りのパン
もちろん たまたまが重なっただけで狙ってできたわけじゃーない
が おままごと喫茶 パンの1番のファンが娘であって 未だ不安定ながらも もっと出来の悪い時から食べ続けてくれているので お!今回のはめちゃんこおいしいとか もっちり気味だとか 出来栄えに共感してくれるので 毎回焼くのも楽しい
|同じ釜の飯を食う|とゆうといかにも同じ釜から喰ってるだけであたかもいい仲のようだが 喰らい方とその時間 も大切な要素だと想う
シンプルなパンを焼いているのに 市販のペースト状の味濃い何かをべっちゃり塗ってパンそのものの味もわからないように食べるとか 味わう間もなく飲み込むように食べてしまうとか 明らかにパンと合わないめっちゃ小さいお皿にぎゅーっと閉じ込めて食べるとか 上品にとかそうゆう意味ではなくて
例えばだがそれを目の目の当たりにした作り手は げんなりとゆうか バカにされているような そんな状況と一緒の時間は過ごしたくないと思うだろう 私は懐の狭いおばはんだからな そう思っちゃうわけ
同じ釜の飯を食う には その場 その人たち その時間の |品格|が実はとっても大事な味付けになっているのでは なーんて料理上手でもないのに書いてみたりして…品格もって食べてくれるような飯じゃないってことも あるか…
パンはオイルと塩 が 塩おにぎりと同格 飽きのこない永遠のうまさだ 個人的好みだけれども
おいしさは分かち合える大切な人と食べるとより麗しやか

ネリカ 浸水してから14日目 ちょっと芽が出て日に日に伸びてきた 気温も上がって喜んでいる感じ 毎日の水やりと見守りが嬉しくてしょうがない
子育ても本当はそうだったんだろうかねぇ…なんてじゅう数年前を想う
この前足の不調が出て歩行困難になって激痛だった時があって 20年ぶりくらいの久しぶりに極不調だったんだけど 自分の体がたとえ痛くなったりしても 自分さえどうにかしてればいいので|ヤギのごはん草刈りは行ったけど それも自分のペースでできるし|どんなに痛くても 静かに体に集中してあげることができた|足はすっかり驚異的っ短期間で回復|
赤子を連れて自分の不調があった時は地獄のような時間が流れていたなぁと|今よりうんと不調があったので|誰も見てくれる代わりがいないし吐きながら乳をやったこともあったなぁ あれ以上きついことはないかな とか想うと くらい話のようで 母|自覚はないものの|とゆう経験を通して強くなるべくして今につながってきているような気もした
ネリカにそうやってゆとり持って接することの時間が今あるのも 時間に対する想いが全く違っていたせいもあるかもしれない
自分との時間 それがどんなに大切なことかが ひとかけらでも理解していれば 赤子との時間もきっともっと愛おしい時間になっていただろうな と貧弱な思想の若い私に言いたい けれど言えないので
子供たちに 宇宙の巡りありきで健康であること の次に伝えたいこと が 時間のことかもしれない
あ!まさに ミヒャエルエンデのモモ!物語の中でのろければのろいほど速く進むカメとモモ 気づかずに急いだら急いだだけのろくなって追いつけない追いかけてくる相手
やっと今腑に落ちた

冬の間に若い夫婦がイタリアに旅してた うちから猫2匹を迎入れてくれた子達だったので 居ない間の何回かのごはんあげる役を喜んで引き受けたら ありがたいことにそれ以上のお土産を買ってきてくれた
その中にドライトマトが入っていてオイル漬けにしようかなと封を切ったらすごい量の種が入ってて もしかしてもしかするのかしら…なんて軽い気持ちでねっとりした種を土の上にばら撒いた
らば!
すごい量の芽が出て驚いた イタリアに旅した本人にそのことを伝えたら お土産を増やす作戦 新しい!と お土産充分だったんだけどねー
写真よりすでに大きくなった子達は定植済みで はて イタリアの細長むっちりトマトに成長するのかな…これもまた初めての試み 実ったら嬉しいねぇ
種とゆう種 は捨てないで土に返すようにしている 温度が必要で今ここの環境じゃ育たないような柑橘系とかでも 環境のうつろいで もしかしたら10年先 もしくはそれ以降に芽が出て育って実るかもしれない F-1かもしれないけれど それでも生命を繋いでいくかもしれない
コンポストトイレなので細かい種の時|メロンとかマクワウリとか 種の周りが1番美味しいやん|はあえて飲み込んでしまって うんこ!!で土に還すことも 笑 より栄養に包まれて発芽しやすくなるわな
三陸沖の津波で天地返しされた海岸に縄文時代の百合が咲いたそうだ
時が来たらそんなこともあり得るのかと思ったら ずっと土に還していることも いつかの未来へのギフトでもあり 息を潜めてその時を待っている種を想うとぎゅっとなる