よもぎ油

今年もエネルギーぎゅぎゅり!新芽朝摘みのみのよもぎ油作りました。今年はしらしめ油をベースにエキス抽出してみました。朝露残る時間に新芽だけ摘み取って、少し天日に当てて乾燥、その後オイルを入れた土鍋を薪火で、ゆっくりじっくり煮出して、熱いうちに濾し完成。おてあての時、や、自分用に使います。乾燥した時はもちろん、マッサージする時、この前、湿疹が出た時に、びわ葉エキス、びわの種エキス、へびいちごエキス、色々試して、その時はよもぎ油が格別に痒みに効きました。その時々で効果が出やすいのも変わるのだな。身の回りの薬草常備薬。香りも使い心地も効能も安全性も抜群です。

縄文の森

その昔、私にとってはまたまた昔。中学生になって歴史の授業が始まりました。ページをめくると素焼きの器の写真がちらほら、文様も素敵で、竪穴式住居もなんだか、かっこいい。へーみんなで教力しあって獲物を捕獲するんだ!縄文時代とゆうらしい。時間が進んで、弥生時代へ、高床式になったのをみて、なんだか竪穴式住居の方がかっこいいな、時代が進んでいくうちに、なんだか歴史は暗記してテストの答えを覚えるもの、になってしまって、テストが終わったら全部忘れるので、時代の流れ、をお恥ずかしながら、さっぱり理解しておりません。今から思えば面白い箇所は山のようにある、と思うけれど、中学生の頃の私は、縄文時代の少ないページ数だけ興味をそそられて、あとは、………となってしまっております。

鹿児島方面へ行くなら是非おすすめ。と教えてもらった|上野原縄文の森|

上記のとうり、教科書で唯一好きだった時代なので行ってみることにしました。縄文の出土したものの復刻だよね、と想像して、レトロを通り越した土の世界をイメージして行ったらば…出土後の保管建築物、文化財センターなど、アナログとデジタル、ローテクとハイテクの超ハイスペック融合!がそこにはありまして、期待を遥かに超えるいい時間を過ごすことができました。私だけでなく、子供2人も森内のアナログローテク部門では、竪穴式住居に興味津々、この材料なら、建てられそうな、、気がする、参考になる箇所を、中1小1で検討し合ったり、森と人、動物の暮らし方を想像したり、デジタルハイテク部門では、興味をそそるように電動式で作られたミニチュアの縄文時代の森を堪能したり、映像になった縄文時代にタイムスリップしてみたり、とにかく飽きることなく、当初1時間くらいで見切れるよね、と思っていたのに、気がつけばあっとゆうまに3時間が経過しておりました。

あんなデジタルハイテクな使い方なら、随分とリアリティがあるし、より、内容を深めることができるなぁ、もっとも興味深くて、覚えるし、記憶に残るよね、と思って、どの時代のもあればいいのに!なんて思ってしまったほど、でした。

物は使いよう、とゆうことでしょう。

ハイテク!をどこか嫌っていた私ですが、全く意識を覆された森!でした。

ぜひ、また機会があれば、いえ、機会を作っておとづれたいと思います。みなさんもぜひ。

夢みる小学校

え?!これ、小学生が作ったの?!本当?ビックリ!と、インパクトある写真のこちら/ホームページからのデータ/

先週、夢みる小学校 観てきました。正直、フリースクールとか、特別授業的な学校はそれほど興味がない、私なのですが、何故観たいと思ったか、は、公立の中学校を校長先生が校則を3つまでに減らして、髪の毛も自由に、定期テスト廃止して小テストにした、公立でも学校は変えられます、とゆう内容を見たから、なのです。映像に映ってない部分もあるので、全て万々歳なのかは、ハテナ。にしても、いわゆる私達が知っている時間割が時間割じゃない学校があったり、体験を通して、カテゴリー分けせずに、算数も国語も歴史も、理科も、家庭科も、体育も同時進行で学んでいき、自分たちで決めて、自分たちで実行して、反省模索して、次に繋げる。あー、そりゃー楽しいよな。自己責任のない自己満足な自由ではなくて、成り立つ自由、表現の自由。がある学校に見えました。

娘、中学1年生。に「あんな学校あることが分かったけど、行きたい?」と聞いてみたら、「確かに楽しそうではある、けど、今の学校がすごく嫌だったら、行きたいと思ったかもしれないけれど、今の学校はそこまで嫌じゃないし、観た映画の中でも、変えられる、変われることがあるかもしれないってことが分かったから、行く必要は今の時点ではない、かな」と。理想に近づいていくために、自ら動く、とゆうのはとても大切だと思うけれど、理想郷ばかり追い続けて、目に前にある環境を否定し続けたり、見落としていく、のはもったいないとも思うので、今ある環境なり、空間なり、時間なりを、自分とは違うのを踏まえ、多様性の認識、共有、調和として、客観的にみれる、とゆうのは、今後の人生でも役にたつだろう。映画を見て、学校に通う、言葉にしたら、学校に行けば学校に通うで、一緒なのだけど、こんなにも感覚的に違う時間を過ごしている、同じ年の子達がいるってことが分かってよかった、ってことで、今の学校で体験として難しいことは家主体で楽しみましょう、ってことで、感覚を養う体験の旅。春休み編からゴールデンウィーク編へ。

李白酒造

春休み、九州から瀬戸内海側の下道を通って直島まで行って、帰りは日本海側からまたまた下道で車中泊しながら帰ってきた旅記録綴。ゴールデンなお休みに突入しながらも、まだゆっくり春休みのつづき…

鳥取から島根へ向かう途中、松江あたりを通過しながら、あれ?たしか、ずっと買わせてもらっている、味醂屋さんってこの辺だったような、、調べたら、ちょっと通り過ぎていたんだけど、ここまできて、電話もしてみたら開いてるんだし、引き返して行ってみよう!とゆうことで、|李白酒造|さんへ。そもそも、みりんを探していて、九州で見つけられなくて、それでもいつか自分でそこに行ってみられそうな場所から買わせてもらいたいのが、根本だったのでした。作業所は突然だったし、忙しそうでもあったので、見せてもらいませんでした、が、その場に行って売っている方、作っている方とお話しできたこと、は、やはりインターネットでこれから先も購入するにしても、気持ちが違います。いつもの、飲んでも美味しい!みりんと、大吟醸のお酒、李白って書いた酒屋前掛けを購入させてもらいました。

松江の低い街並みも、海も近いし、山もすぐ。ってな環境に、なんだか私好みで、移住してもよさげ、、とまで思えた場所でした。実際に行ってみた自分が必要な調味料やさん見学の旅、|大分県玖珠町の麻生醤油さんの杉樽仕込み醤油| |熊本県御船町の坂本製油さん| |熊本県天草の自然食品研究会の天日塩| 全て子供も一緒に行っているので、どんな場所で、どんな人たちが、どんな雰囲気で、毎日食べているものを作ってくれているのか、知っています。残るは、黒砂糖。沖縄波照間島…遠くない気がしてきた…

断髪しても、髪は生きている

日本海旅記錄の途中だけど気分を変えて、娘の断髪話を。いつ頃だったか、小学生は低学年の頃から。髪を伸ばし始めて、どこから聞いたのか、髪ってカツラに必要なんでしょ?誰かがそれが必要な人もいるんでしょ、なら、いつか、それをしようと思う。いわゆるヘアードネーション。とやらです。なので、ほぼ小学生生活の間、毛先くらいしか切らず、卒業式はお尻までのびていました。ここまで来ると、なんか、私の方が、黒髪で綺麗だし、もったいない気がして、そのままでいんじゃない?といっても、いや、中学に入る前に切ろうと思ってたから。とゆうことで、バッサリ!一気にロングからおかっぱになったのです。

実は私も小学6年生の頃は、お尻まで、とはいかなくとも、ずいぶん長い黒髪ロングヘアだったのですが、ある日。突然、美容室に行くぞ!と、私の意見なんて聞きもしないで、しかも、バッサリ切るからちょっと街の初めて行く美容室に予約が取られ、、なんの情も、なんの意思疎通もできないまま、いきなりショートカットにしてくれ、と親が頼み、切り上がったスタイルは、ザンバラ状態。6年生でも、これって、、これって、、にあってなくねーか?いや、似合うとか以前に、カット、下手すぎないか?、とゆうか、私、髪切りたいって言ってないし……。心の内が一気に真っ黒になって、親への信頼感を閉ざしたのでした。笑。その頃、はヘアドネーションなんて言葉がなかったけれど、美容師さんのカラーのサンプルくらいにはなったのかな、とか、思ってみたり。

実際に切りとられた娘の髪は、生き物。まさに、娘の生き写し的、、なものであり、インドでも見たことがあった、髪を神に捧げる、とゆう意味が、深く分かった気がしました。まだ、念?息?のようなものが、髪の毛から感じられるので、しばらく待って、ドネーションしたいと思います。生まれてから、ほぼシャンプーや化学的なもので洗ってないので、ここまでバージンな髪の毛が日本から出るのは、、珍らしいと思います。

鳥取砂丘

春休み、九州から瀬戸内海側の下道を通って直島まで行って、帰りは日本海側からまたまた下道で車中泊しながら帰ってきた旅記録綴。

子供の頃に行ったところ。中でも断片的に覚えている記憶。があります。鳥取砂丘でラクダを見た。より、私はラクダに乗ってみたかった、のに弟は絶対乗りたくないって事で、1人でも乗れたはずなのに、なぜか。私は乗れなかった。砂丘=ラクダの方程式が記憶にインプットされた出来事です。子供にとっては、大きな砂場なわけだから、砂丘って楽園のようで、むにゃむにゃ口を動かし、大きなコブの間に乗せてくれるラクダだって、どんな高級な車より神々しく見えるに違いない。案の定、連れて行ったら、どこまでも2人は走り続け、突き進んで砂と戯れていたのです。時間が許すなら、ずっといても飽きなかったのかもしれません。ラクダにも2人仲良く乗せてもらって、意外と揺れること、コブの中身のこと、乗ったにも関わらずラクダが何周も観光できた人を乗せて、鼻に通した紐を引っ張られながら歩いているいる現実を見て、虐待だな、まるで、エルマーのぼうけんにでてくる、囚われた竜。と同じだ、と2人で話していました。インターネットで世界は広がっているけれど、そこに吹く風、匂い、温度までは、やっぱり味わえないし、ましてや、触ることも、そこで起こる一期一会的な出来事も、目を伏せたくなるような出来事も含め、行ってみなければ、自分の身に降りかからなかったことでしょうし、旅。をする。ことは、そうゆうことなのだ。と、砂丘で砂まみれになって、いつまでもどこからか砂が出てくる車から、旅の余韻を感じています。と、綺麗事だけではなく。暮らしの中では、遊びの時間にも制限かけてしまっている大人事情があるので、時間に余裕がある旅は、大人まで遊ぶ時間があるので、大人の子供への罪滅ぼし的な時間でもあるな、とも、素直に思っています。

神勝寺

春休み、九州から瀬戸内海側の下道を通って実家の直島まで行って、帰りは日本海側からまたまた下道で車中泊しながら帰ってきた旅記録綴。

広島の福山にある|神勝寺 禅と庭のミュージアム|数年前に本で見ていて、いつか行ってみようと思っていた場所。だったので、やっと訪問。侘び寂びを卓越した、広大な敷地はとても綺麗に整備されて、レレレのおじさんがいったい何十人いたらこんなになるの。とゆう具合。移築された茅葺き屋根のおうちや茶室、等々、一つ一つが古く、きっちりメンテナンスされていて現役で、あー住みたい!藤森照信さん受付棟も素敵で、あー住みたい!東家ひとつとっても住みたい家がいっぱいありました。

その中でも新築物件、禅のいわゆる。見えない、その人にしか感じ取れないさまざま感覚\気づき、をアートとして、音、風、光、空間とゆう、リアルに感じ取れるもので表現したアートパビリオン|洸庭こうてい KOHTEI |。何十年、何百年?もかけて切磋琢磨修行しながら体得していくことを、こうゆう形で、ある意味、感じる人には奥深くもあり、また簡単な言葉でも片付けてもしまえる、いわゆる評価してしまえる形。にしたのは、凄い事だなぁ、と感じていました。そこの境地、にぐるっと回ってまた戻ってきたから出来ることなんだろうか…。全く触れることがなかったところへ、違う角度からお届けする、柔軟性。とゆうのは、私自身、とても感化された部分は多くありました。きっかけがなければ始まらないこともあるわけで、きっかけのその先へ。本質を高める。おとづれて心内に落としてきました。

子供たちがまた大きくなって、彼氏彼女と行って欲しいと思います。

長島へ

「これ、読んでみて」と、おすすめしてくれた本は、どんな本でも読みます。この本もそうでした。1ヶ月ほど前に渡されて、1ヶ月後には、この本を書かれたご本人が住む、瀬戸内海の島まで来るとは思いもしなかったけれど。

長島は、私が生まれ育った実家のある直島から、2時間弱のところにある、ハンセン病だった方たちが、今も暮らしている島です。ハンセン病…聞いたことはあっても、どこか過去のことのような他人事のような響きで、この本を読むまで、恥ずかしいことなのだけれど、長島のことも、勿論知らなかったのです。実家に近いとはいってもやはり、行きたいと思わなければ、行かない行けない場所も多いわけで、なぜ惹かれたのか…著者の宮崎かづゑさんの綴る世界が、実際にあるならば、見てみたい、ただそれが大きな原動力となったのだと思います。

本島と隔離されていた島の距離は、目と鼻の先程で、橋がかけられたのが34年ほど前、その橋を渡って長島に入ると、そこには、関係者、見学者以外は、療養地に入ってこないで、とゆうコロナ対策の看板があって、コロナなんて、と思っている私が、もしや私って来ちゃいけないとこに来たのだろうか、、とゆう思いもよぎりつつ、まず最初に立ち寄りたかった|喫茶さざなみハウス|へ。海辺の最高にいい場所で、とても美味しいものと、いい空間と、感じの良いスタッフさん、そして、そこに喫茶をしている意味、、世界のどこにあっても、きっといろんな人が集まるでしょうね、とゆうとてもいいお店で、すっかりファンになってしまいました。

スタッフや店長さんと、お話しすることができて、無知ながらも、なんでここに来たのか、とか、実際病は完治していても後遺症が残る方々が暮らす現状のことなど、自分の耳で、そこにいる人たちに聞けたことで、あーやっぱり私は子供たちも連れて来てよかったのだ、と、とても肯定してもらったような気持ちになりました。店長さんが、かづゑさんは元気だから、ここにも来るので、いつか会えますよ!わざわざ熊本から本を読んできた人がいましたよって伝えておきますね、と言ってくださって、うん、うん。また絶対来ます。と、歴史館へ移動しました。歴史館の閉館時間が迫っていて、ゆっくりいられなかったけれど、島に来た。それだけで、私の無意識にあった偏見のような不透明だったものが、すぅーっと霧がはれてゆきました。

かづゑさんが、本に書いておられた、生きなければ分からなかった(ことがあった) とゆう言葉が印象的で、魂で生きている人は、体って本当にハリボテのような、ただまとっているだけなんだ…ただただ、それが。この本を読んで1番大きく響いたことでした。ここ数年、暮らしを続けてきたことで、ヨガへも 身体へも、心へも、環境へも自分が今まで思っていたことと、見える角度が変わってきているので、かづゑさんの、生きてきてわかったこと、の、ほんのほんの一欠片に満たないかもだけど、そこに共感できたような気がして、嬉しくもありました。

喫茶さざなみ、次回は夏かな。人生の楽しみが増えました。

一冊の本から、大きな広がりが生まれました。

留守番ぼっちゃん

先日のこと。自宅保育の6歳ぼっちゃんは、私が仕事のときは、基本着いていくとゆう風に数年やってきましたが、先日は、家で1人で留守番します。とゆう選択を自分でしました。以前にも何度かそう言っていたのですが、冬の間は、薪ストーブもあるし(薪ストーブを灯し続けることはできるので寒さで凍えることはないにしても)念のため、連れて行っていましたが、もう寒くもないし、彼の意見を尊重して、また、彼を信用して、みることに。親から見ても、まだ6歳なのによく考えその先を見据えているなぁとゆうところもあるので、さて、留守番中は何をするのかな。楽しみでもありました。で、帰宅したら。菜の花の花束が、どさっと机に。何やら画用紙で花束を包もうとした形跡もあり。聞いてみると、集落を散歩したのだとか、なぜ散歩したかとゆうと。集落にある菜の花がどこにどれくらいあるかを地図を作ろうと思ったそうです。私が菜の花好きなので、いつも気にかけてくれているのです。1年ぶりの菜の花採取で、花は咲いてていんだっけ、どこから取るんだっけ、忘れちゃってた。と笑いながら話していました。これから、よもぎ、すぎな、つくし、クレソン、わさび、ノカンゾウ、それに焚き付けの枝…遊びながらいろんなもの見て、採取してきてくれると、ありがたいなぁ。留守番ぼっちゃん、親が思っていた以上に育っていました……

世の中安穏なれ

もし明日地球がなくなるってわかってたら、戦争ってするのかな。全ての人が、形あるもの何もかも無くなるのが、わかってて戦争ってするのかな。そうでなくてもみんな必ず死があるわけで、今の自分の戦う意思を、自分を超えて人を巻き込んで、自然を巻き込んで、生きとし生けるものを巻き込んでする意味があるのかな

|no war:玖珠町 光徳寺さん前にて|

年末あたりから野良猫から家猫になった〈いなり〉くん。稲荷寿司のような色なのでいなりくん。すっかり馴染んで、家にいる時、寝ている時は特に無防備です。ほら。こんなに。Yahooニュースに興味深い記事がありました。「猫と共に探求する新たな睡眠価値の創出」猫が選んだ場所の猫の横で毎晩一緒に寝たらどのような影響が出るか?結果。ー狭い場所なんかでも睡眠障害はなく、むしろ幸せホルモンが出ていいってことなんでしょうが。私って、寝る時はまず1匹脇にいるんですが、朝起きたら1匹どころか、猫3匹がいるんですけどね。股の間に1匹、脇の横に1匹、お腹の上に1匹。とまぁ、文鎮(ブンチン)のように猫重し。寝返りが打てないので、朝一は体が痛いこともありつつ。猫好きであればでしょうが。猫はいつでも癒しです。最も。コロナとか戦争とかの記事に紛れて、こんな実験をして記事にしてくれたことが癒しになりました。

|猫の横で毎晩一緒に寝たらどんな影響がでるのか|

プッチンプリン

プッチンプリン。市販のものをそれほど知らない息子が、いつどこでその情報を知ったのか…わからないけれど、プッチン。ってしてみたい。とゆうので買ってみました。私だって、プッチンした記憶って、無いようなあるような…。お皿を出して、逆さにしても落ちてこないプリン。さぁ!今ここでプッチン。もったり、ブリンっと、お皿に落ちたプリンを見て、おぉーーー!!うきゃきゃ。すぐ食べるも良しですが、気になるので聞いてみました。なぜプッチンしたら落ちるのか。即答でプッチンの先がプリンに刺さっててそれが外れる事でプリンが落ちるんじゃ、、?じゃ、プリンが入ってた容器のプッチンの構造を見てみましょう。おや。こっちは出っ張ってませんねぇ。⭐︎閃く息子。プッチンってしたら、空気や、空気が入るんや。空気の隙間ができて プリンが落ちるんや。世紀の大発見です。見えない空気。の存在が、見えた瞬間。6歳、坊ちゃん。物理と化学、家庭科のプッチンプリン実習でした。見た目は抜群にかわいいお花型。お味は、うーん、なんとか加糖糖液みたいな味だけで、卵の味もなく、ゆうならば、私には味はなかった…ただプッチンする時のわくわくは果てしない。プッチンプリンはエンターテイメント。

|グリコプッチンプリン物語|

カチグリ味噌\マテバシイ味噌

ひとまずのお味噌づくり、今季一区切り。糀はいかに楽に無理なくできるか要領えてきて、去年より随分気楽にできるようになってきた。まだもう一回くらいは作りそうけど…知人がどんぐり\マテバシイのお味噌を仕込んでみた、と聞いたので、私も真似してみました。どんぐりするなら、栗もいんじゃ?と作っていたのが550gほど残っていたので、カチグリ味噌も仕込んでみました。栗は、茹でるのも、潰すのもすぐなので楽ちんで作れたな。熟成1年後が楽しみです。

うさぎ!

本も好きですが、付録だったり冊子のような、薄っぺらい読み物が結構好きだったります。その中のコラム…のようなところも結構好きです。なので、JAFから送られてくる冊子はうっかり全部読んでしまいます(特に松任谷正隆さんコーナー好き)

2006年発行の冊子がたまたま目についてどうも気になって、読んでみたら、やけに心に響く言葉が綴られていました。題名は|うさぎ!|作者は、小沢健二。私が知ってる小沢健二さんか?あのカローラⅡにのぉーてー♪の?と、よく見ると、編集者は、小澤俊夫さんだっととは。小沢健二さんのお父さんなので、小沢健二さんは、きっと私の…直接じゃないが知っている健二さんとゆうことになる。こんな文章を書く人だったのか、またまた、こんなこと発信していた人だったのか…今更気になって|うさぎ!|の連載が単行本になっていないか調べてみたら、あったはあったけれど、思っていたより高価。読みたい。。けど高い。ネットにも他話連載抜粋部分もありましたが、ちょうど、今。ウクライナ、チェルノブイリにタイムリーな原発記事がありました。|うさぎ!24話|興味がある方は、いえ、なくても読んでみてほしいです。

原子力爆弾。長崎\広島に被害をもたらし、今でも学校で、それはそれは危険で被害が大きかったと習っているにも関わらず、原子力発電。になると私たちが生きていく上で生活してく上で必要なもの…すごく便利なもの、無くなったら困るもの。としてイメージ変えされ、位置付けられていたけれど、震災、津波によって、一変して、不安に思った人…または、新たにそう感じた方もいると思います。

原子力発電がなくても、風力や太陽光がなくたって。そもそもある火力発電によって電気供給出来るはず、なわけですが、いくら反対しても私たちの、とにかく24時間電化の暮らしが変わらなければ、なくなることもないし、ますますこの辺はエスカレートしていく一方だと思います。偉そうに言っている私も、毎月電気を供給してもらって、しっかり、再エネ賦課金\再生可能エネルギー発電促進賦課金(枯渇しない自然エネルギー=再生可能エネルギーとも説明されている文もあるが本気か)を徴収されているので、自ずと賛同していることになっています。電気を使った分多ければ多いほど、その賦課金=賛同金が多い…ことになりますので、知らなかった方は、電気料金表を確認して、自分がどれだけそれを払っているのかも確認するともう少し、電気のこと、クリーンエネルギー…と呼ばれている風力、水力、太陽光発電について、自分なりに見えてくるかもしれません。

それに加え。そもそも。毎日、まさに今も。小さな原発=携帯電話。を扱っている私たちですので、簡単に反対、とも賛成とも言えない、暮らし。があるわけですが…。山田征さんのように真っ当な人に会っても、まだ尚、日々葛藤と自己中心的妥協で生きております。

小沢健二|うさぎ!24話|

ハイブリッドねこ

猫は肉食。今日もあられさん、自分で捕まえた鳥。メジロかな…?をバリバリと丸ごと食べました。しかし、飛ぶ鳥を捕まえられるってすごい。しかも道具なし。今日、人間で自分で道具なしで生きているものを捕まえて調理せずに食べて、生きた人は、どれくらいいるのだろうか。飼い猫でありながら、生きた餌の確保もし、与えられたカリカリの餌も食べ、薪ストーブの横で暖かに眠る、生きていく強さある超ハイブリッド猫に、今日も脱帽です。かっこえー。

蒸枝豆粉

小国町産の枝豆粉を頂きました。蒸気がそこらじゅうから浮き上がり幻想的な集落、その たけの湯の蒸気で蒸され、蒸気乾燥された枝豆粉。香ってみて、少し味見をすると、何かに混ぜ込むには勿体無いほどエネルギーが詰まってる…と感じたので、ある日のうねよが後のおやつにしました。これだけ粉に個性があるので、できるだけシンプルに。私作の異常なほどの甘味の干し柿と、夜な夜な剥いたなんともオイリッシュでジューシーなくるみ。そして、天草の天日塩。まとめるためにちょっと豆乳。あとはまぜるだけ。とても味が濃くて実に滋味深く、充分すぎるおいしさでした。

菌が創った柿酢

いつからでしょう。柿酢が暮らしの仲間入りしたのは。数年前から柿があれば仕込んでいます。なので数年前からお酢も買わなくなりました。2021年は渋柿のなり年でしたので、たくさん仕込んでいて、先日今季の柿酢を瓶詰めしました。いつもは梅の時期まで静置しておいて、梅を仕込むために、瓶を開けなきゃーとやっていましたが、今年は寒いうちにやってしまいました。一升瓶5本と、ちょっと。同じ柿なのに、すっぱーいの、甘くてごくごく飲めるようなフルーティなもの、さまざまな味を、いろんな菌達が創ってくれました。これから3年ほど寝かせて、さらにまろやかなお酢になってもらいましょう。血糖値、血圧を下げるのにいいらしいのですが、そんなことは毎度の食事で気にすることであって、柿酢に頼ろうとは思ってもおりません。材料が分けてもらえるから作って、作る工程も結構楽しくて。安全を信頼できて美味しいから、また作りたくなる。のでした。味噌、醤油、酢、空気。菌達のおかげで生きていられます。ありがたい。

きっかけ

昨日と今日で これ読んでみて。の本が6冊。うち1冊は買ってまでギフトで渡してくれました。全く違うタイプのひとたちからなのに、共通するものがあって、最近やっぱりこれが軸だな。と思ってることが、その共通することだったので、/それ。迷うな、自分を信じて突き進め。/の時期なのだと、ポジティブに解釈して、読み進もうと思います。お二方。きっかけであり、思考運転の潤滑油をありがとうございます。

マテバシイ\馬刀葉椎染め

昨年は、何やらマテバシイが大豊作だったようです。マテバシイはどんぐりの中でも唯一、アク抜きせずに食せるそうで、皮ごと少し炒って食べるととってもおいしいです。私は拾ってません。が、たくさん拾った方に分けてもらったので、どんぐり味噌を仕込んでみようと、中身を取り出し、せっかく残った皮を煮出して、どんぐり染めをしてみました。栗染めと似てるけど、栗よりちょっと柔らかいピンクになりました。アルミ媒染すると赤みが抜けてしまった、とゆう記事を見たので、今回は銅媒染。手ぬぐい3枚。煮出すものがあるときにだけ、薪ストーブの上で、煮出して色と香りも楽しみつつできる、台所染時間。平和です。

うね|つつむ|小国町

阿蘇郡小国町にある小さなおうちで|うねよが|

うねのよがは|つつむよが|と|ほどくよが|があります

いろんな形の自分をひとまず丸ごと包んで受け入れたら

今度はゆっくりほどいていってみましょう

どんな自分が出てくるのでしょう

|つつむよが|じっくりゆっくり 私をそのままつつんで感じてみましょう

|ほどくよが|ゆっくり着実に いろいろなことを体得しながら自分をほどいてみましょう

完全予約制です

|時間|

1時間半前後です

|つつむよがお1人の料金|

1回1500えん 月に2回以上ご希望の方