愉快を探す日々

時をかける梅干し

山羊の小雨が出産

まき寿司の出産/その後

まき寿司が出産

命名 巻き寿司

猫が4匹。になりました。数日前息子についてきた新入り、まきずしさん。まーきー。家に入ってきたその日からキュルキュルとすりすり自分をアピール。出ていく気配は微塵もなく、どっかり家猫に。後ろからの横たわる寝姿が/巻き寿司/にしか見えなくて、命名。巻き寿司。去年の暮れにきた、いなりくん。からの巻き寿司で、コンビ助六が誕生したわけです。思えばうちにいる動物、山羊、烏骨鶏、猫たち(手のひら2つ分サイズの亀も流されてきて、庭のどこかにいて、時々お目にかかれます)は、全員、飼えなくなったり、人間都合でさまよった生き物たち。この世とあの世のすきま。を彷徨うものたちが集まってくる蘇りの家。川嵜家。さて、次のゲストはどなたかな。

カヨと私。ヤギと私。

おすすめギフトしてくださって、一気に読み終えた「カヨと私」。ヤギのカヨと人間旬子さんのドキュメンタリー。

一緒に暮らし始めて、振り回されたり、幸せをもらったり、社会や環境の仕組みについて考えさせられたり、最も大きな命。の育み、の時間を共にさせてもらったり。

人間とヤギの壁をはるかに超えた(と、人間は思っている)感覚が、小豆島で暮らし始めた著者と、私の今と。重なる部分が多々。思った以上の繁殖力の強さに驚き、できた子山羊の去勢に悩む著者と心の葛藤や、言葉通じないけれど意思の疎通できた時の喜び。

山羊と暮らして、外から見ると、餌の確保や時間も取られて大変になっているよね。だけにしか見えないことも、当の本人たちは、今まで誰も教えてくれなかったことの学びでしかなく、とても愛おしい生き物であり、これほどの圧倒的美しさを、暮らしの中で体験させてくれ、ありがとうでしかないこと。

自分と同じような気持ちで、山羊と生きている人がいるんだ。ただ、それだけ、たったそれが知れて嬉しい本でした。

4月30日産まれ、春雨くん

山羊と暮らし始めて1年弱

4回全ての出産に立ち合いし私

宝くじが当たるより幸運だ

カヨと私

よもぎオイル

毎年春恒例のヨモギオイルづくり。竹籠いっぱいの蓬の新芽と油を、土鍋に入れて、薪の火で低温じっくり煮出してオイルに抽出。透明から深緑になった色の綺麗なこと。植物を煮出す、よもぎオイル作りや、草木染めは、なんといっても、作業中の香り。がとても良いこと。が、実際にしている人にしか味わえない醍醐味。大切に1年間、私の心体、皮膚。髪の毛まで癒してくれます。

菌のおかげさま

1月の雪でぽっかりできた時間に今年の糀第一弾。薪ストーブの熱で去年育ってくれた古米を蒸して、そのお米とこうじ菌をすり合わせてお願いします!(初詣は行かないくせに糀作りには手を合わせて祈ります)とばかりに紙袋に入れ込み、一晩一緒に眠って保温。2日目、湯たんぽなんかで温度調節して、3日間、全部自然熱と菌のお陰様でお味噌の麹の完成。すでに大豆も寒い日の薪ストーブでコトコト煮て、味噌1回目に仕込みました。去年作っておいたお味噌の容器の上に、材料量や日付を書いているけど、毎年去年は早かった、とか遅めだった、とか確認していて、時間は進んでいるのに、繰り返す自分の行事が、進んでは振り出しに戻る。のすごろくのようだなと。ん?それって人生ゲーム?!出会う人、事、時間。まさに、人生はゲームなのかもしれない。な。これからまた1年熟成するお味噌さん、また来年に会いましょう。

森の雪

数年ぶりに20センチほど積もった雪がやっと昨日溶けて土や少しだけ顔を出した草たちの色が戻ってきました。雪や寒いのはとても苦手ですが、色とりどりだった世界が白く塗り重ねられた時、少なくなって厳選された色がより鮮明に見え、そして濃淡/明暗が強くはっきりと浮かび上がってくる色の世界はとても好きです。今までは寒いと、それ!堂々と家の中で篭れるぞ。と思っていたのですが、今年は、雪が降ろうが雨だろうが、体調が少々すぐれなかろうが、山羊たちのごはんを山に探しに行く任務。があるので、初めの頃は、嫌だなぁ寒いなぁと思いつつも、重い足取りで、そして重防寒着で裏山に入っていたのです。するとどうでしょう。雪が降った後の山の中のそれはそれは美しいこと。静けさと共に、凛とたたづむ木々たち。雪をたくさん背中におんぶしつつ冷たさに耐えている、のか、久しぶりだねと仲良くしているのか、今年も水を運んできてくれてありがとうと言っているのか、とにかく、森と雪。どちらも拒絶していないのです。雪がたくさん降った日に、森に足を踏み入れたとき、無垢な白い一面に人間の私。が足跡を残すのに躊躇するほど神聖な世界、2日目になると動物が動き始めたのか少し足跡が増えて安心して入らせてもらったのでした。こんな景色がすぐそこにあったなんて…。山羊が来なければ見ることができない、見ようとしなかった世界、また山羊先輩に教わってしまったのでした。寒い雪嫌だ、その気持ち、ちょっとだけ撤回し反省します。

椎茸に崇拝

この椎茸、、みると拝みたくならっちゃうのは私だけだろうか。去年椎茸農家さんにいただいた3本。秋初めに、この日に水に何時間つけて、何時間経ったらここの場所において、と指導してもらったら。なんと、その人のゆうとうりの日にちに、こんなに出てきた、これがプロなんだ…!いつも腰低く、挨拶してくださる農家さんが、なんとも眩くみえた出来事だった。毎日お味噌汁の出汁に使う椎茸、、なんとかかんとか、自家製や、頂き物を干して年間分。じっくり出てくる旨味。が、愛おしい。毎日飽きもせず美味しいと思わせてくれるなんて。だから椎茸に崇拝。

七草/2023

何を今更七草。だけれども。

とっくに日常に戻り、寒波も2度目到来の中。七草のことを綴る私、はきっと暇。なのであろう。

本来1月7日、無病息災とお正月の癒すめとして食するものらしいのだが、今年は4日にいただいた。自分で集めたわけでもなく、スーパーに並ぶパックを出した写真である。

でも、もう4日に売ってたか?おそらく売り出しは5日から。都会のスーパーで見ていたお正月明けの風物詩、七草粥セット。の七草の生産者さんが、ここ小国にもいらっしゃり、ご近所さんバイトさん達が寒い中、朝早くから年末年始返上で出荷作業にたづさわり、何事もなかったように、凛とおすましして綺麗な状態でスーパーに並ぶのである。

今年中学1年になった娘も初バイト。/初バイトが七草詰め、なんて人生のネタになって羨ましくもある、私の初バイトはファミリィレストランの仕込みのバイト、1人で任されて毎日何升もの米をとぎ。100個近くの卵を両手でそれは見事に割りまくり、何十個も野菜を切っていたっけ/。

話がそれてしまった…。ひたすら担当の草を詰めたらしい。2万ちょっと!を稼ぎ、出荷される前のこのセットをいただいて、彼女の初バイトは清く終わっていった。

鮮度あるうちに頂こうと、4日。さっさと七草粥。玄米をじっくりたっぷりの水で薪ストーブでじんわり粥にして、七草は煮込まず、塩揉みして、草のアク、えぐみ、青臭み。を感じながらいただいた、鮮度がいいもの。は、土から出た状態で食べるのが1番美味しいと思う。

小国に来て土から教えてもらったことの大切なこと。小国にきて知ったこと。都会では見えなかった物の起源。フライングしてしまったけれど。無病息災。今年も健康で過ごしたい。

2023

2023年へのうつろいは、あたたかな陽射しに包まれ、穏やかな気持ちで始まりました。9年目?に入った今の暮らし、ようやく広がってきた世界ですが、今年は動くような気がしています。気持ちなのか、体なのか、居住地なのか、魂なのか。ただ、風が吹き始めていて、ここに来た時には持ち合わせてなかった、ここに住んで、出会った時間、人達から培われた気持ちと、増えた仲間たちを乗せた舟はどこへゆくのでしょう。動くまで、は、変わらず、動いても変わらないもの。をやっぱり紡ぎ続ける2023年になることでしょう。ご縁あるみなさま、どうぞよろしくお願いします。

あるひとつの幸福論議

22歳の頃。健康か愛かお金か、どれが大事ですか、大切だと思うところのチームに入って、それぞれディスカッションしてみましょう。とゆう時間がありました。その当時の私は迷わず健康チームに入ったのですが、どれが間違い正解は正直、それぞれの感覚なので無い、と思うのですが、最近ふと、健康か愛か、お金か。とゆう質問を思い出して、22歳の極貧乏だった時代から少しは成長したであろうおばさんの20年後。の今。また改めて考えることになりました。見える物質、物体と見えないものが、私たちの幸福観に大きな影響を与えていることは多くの人が納得できると思うのですが、さて。皆さんは、どう感じたでしょう。どれももちろんあるに越したことはないものですが、その時の状況、によっては、どれか、がいらない時もあるかもしれません。22歳の私は健康がないと働けないので、お金が手に入らないし、愛が分けられないと思っていましたが、今から思うと間違いだな、と思います。今もチームに分かれなければいけないなら、迷わず健康、に入ります、が、ただ、愛、お金、は、他からもらえることがあるのですが、健康に関しては絶対もらえないもので、健康の物質=内臓がなくなろうもんなら同じものは絶対戻ってきません。蓄積していくしかない、絶対的な地道な綴りが健康を作り上げる、ことが20年たった今。で、出たひとつの幸福論かもしれません。そして、どれも失うと一緒についてきて失うもの、それが時間なのですね。。

幸せの三段重理論。なるものがあって、それはピラミッド式△。1番下が広くて健康、2段目愛、1番上が成功、となっていて、下から積み上げるのが幸福論だそう。私は何度見てもその積み上げ式に当てはまらない自分の感覚があって、横並びの図にしてみました。どれも手に入っているのに、幸福と感じない、どれかないけど幸福と感じる、これも人それぞれですが、考えることがある時。は、今の状況と心、のバランスがマッチングしていない時かもしれません。何が自分の幸福と思う気持ちを邪魔しているのか、足りないのか、足りているけどちょっと違うのか、、ただいま。私も心の奥底さんと対話中です。年の暮れにこんなことを想う私は20年前と大差ないことも、わかりますね。。とほほ。

稲刈り\2022

今年は9月29日からぼちぼち始めた稲刈り。もちろん、手刈りでざくざく。根元しっかり自分の目で観れる手刈りです。手刈りといっても、雨も挟んだり、熟れるところをまったりで、全て刈り終えたのは、あしかけ2週間ほどですが、刈取だけで見ると一反半なので、実働4日あれば刈り取れます。刈り始めた頃はまだ陽射しが強く、じとっと汗をかくほど暑かったのに、脱穀が終わる頃には鼻に入る空気がツーンとするほど冷え込んで、季節の変わり目の緊張感、凛とした空気がとても気持ちよく作業できました。今年は、分けつが少ないところがあったのと、最後の最後の草取りを、そんなにないしもういいかな、とサボったツケが、稲の足元の稗に繋がって、刈る時の仕分けに時間を取られてしまいました。草取り、やっぱり大切。手刈りだからこそ、最後まで選別できる良さもあるけれど、、来年は、初心忘れず改めてやらなくては。今年はスーパーウーマンがお手伝いに来てくれて、素晴らしく手際良く終えた稲刈りでした(ありがとう!山神様)収穫できる喜びと、案外楽しい刈り取り作業が終わってしまう虚しさ。たわわに黄金色だった場所がぽっかり空虚になっていく感覚。毎年不思議な気持ちで、今年も稲作させてもらってありがとう、ありがとう。ありがとう。べっちゃり土がついても、手のひらの皮膚が乾燥してしょぼしょぼになっても、そんなこと、何にも気にならないくらい、体を動かせば動かすほど満たされる時間を過ごせたこと。やっぱり、ありがとう。だけ。田舎の人が田んぼをして、米を作っているのですが、作り手が減っていって、今やっている人たちはたくさんの田んぼを抱えています。が。その田舎の作っているじーちゃん、ばーちゃんはもう体力的に限界です。できなくなると、抱えてた大きな面積を作れなくなります。じゃぁ、これから誰が米を作っていくのか。日本の大きな課題…今から課題にするには遅すぎる課題だなぁ、と、感じています。お金はそのまま食べられないけど、お米はお金に代えなくても食べられる。ただ。それだけ。

狼が来ても出てはいけませんよ

山羊も引き戸が開けられるようになって、家の中が気になってしょうがないようです。気づくと家の中にいるんですけど。童話の世界に、狼が来ても出てはいけませんよ、と言って出かけたものの、帰宅したら、狼に食べられしまった子供達を助け出して、石を詰めてお腹を縫い合わせた、伝説の山羊母がいましたが、そろそろ家に帰ってきたら、エプロンつけてご飯でも作ってくれるかな。

石梨

5センチほどの小ぶりなこの子。ある山奥の集落で石梨。と呼ばれております。原種の梨だとも。

原種の梨ってどんなどろう、と調べてみたら…

日本に自生するナシ属は3種。ミチノクナシ、マメナシ、ヤマナシ\これが石梨\。だそう。

ミチノクナシは岩手県の山地に自生していて、イワテヤマナシとも呼ばれる。アオナシはこのミチノクナシの変種という扱いになっていて群馬、長野、山梨、静岡に自生とある。マメナシは愛知、三重、岐阜にまれに自生。この2種は日本の野生植物だが、最後のヤマナシは原産が中国中南部で日本には有史以前に渡来、本州、四国、九州で野生化していて、今食用にしているナシ(ニホンナシ)は、このヤマナシを栽培化したものと考えられている/参考資料より/

そもそも、この時期にその集落に行くと気になっていて、こっそり食べたのがきっかけで、あれ。これ味が濃くてなんか好き。行くたびにこっそり食べていました。が、あんまりこそこそしてもな、とゆうところで、あれって採って食べないの?と聞いたら、昔は食べていたけれど、あんまり美味しくないから、と地元の方々。で、そこに移住してきた人がコンポートにしたら、なんと美味しいことか。となり、たわわになった今年は、あの子にも教えてやれってことで、わたしにも採っていいよと声がかかりました。

生で食べる食感はじゃりっとした感じで、味は酸っぱ目、甘く食味がいい改良された梨、とはちょっと違うけれど、ギュゥーっと詰まったものがあって、やっぱり好き。シナモン、クローブ、カルダモン効いたコンポート美味だけど、食事としても美味しい食べ方ないかと模索中です。

そそのかされてはないけれど、エヴァが禁断の果実を食べてしまった気持ちは充分に理解できるなぁと、儚い命も受け入れて、梨加工を楽しんでいます。

山羊が出産しました

山羊たちがうちに来たのが、2022年6月末。そして、8月26日、たった5日前に双子ちゃん出産。

と、山羊の、ヤの字も知らない私たちが、山羊と暮らしの共同隊になり、山羊先輩\生きる先輩として、生き様で生き方を教えてもらっています。

山羊は5ヶ月ほどが妊婦期間らしいのですが、譲り受けた山羊ゆえ、いつ妊娠したのかもわからないので、日に日に大きくなっていくお腹を横目に、いつ産まれるんだろうか、、いや、もしかして産まれないのか?そんな毎日でしたが、その日は突然やってきたのでした。

早朝ヨガから帰宅した10時過ぎ、妊婦山羊\梅さん、メーメー鳴くわけでも、そわそわ落ち着きがないわけでもないのですが、私がなんか違う感覚を覚えたので、今日は気にしておこう、と思い、ちらちら見ながらできる籾摺りを機械でしていて、ちらちら見ていたにもかかわらず、気づいたらすでに一頭。立っている。え?!と思ったら、ずるっと2頭めが出てきて、ぼとっ。大地に落ちた。12時半ごろ出生。山羊双子。

!!!!!!

産後すぐなので、嫌がるかもしれないし、伺いをたてて、見せてもらえないでしょうか、と想いを伝えて、すぐ近くに入れてもらえ、見守ること数分。

たった数分の間に、母は体液は舐め上げ、その間にすでに立ち上がる子山羊たち。自立力がすごすぎる〜。とゆうことで、お手伝いおばさんの出る幕なし。その後も、ずっと親が付き添うわけでなく、子山羊がちょっとでも鳴いたらすぐさま駆けつけ、おっぱいをあげる仕草。

あー。立派なお産でした。私自身、自宅出産した2回ですが、2人目の時は、自分で言うのもなんですが、まーまー立派なお産だった。と思うのですが、山羊母さんには、驚きました。そして、普通に流れていく、妊娠、出産、子育て、暮らしの何にもに、隔たりない姿がかっこよすぎて、山羊先輩ますますリスペクト。

高原早朝ヨガ|2022

山の日企画、くじゅうフェスの早朝イベント、高原早朝ヨガが8日に、最高のお天気の元、無事に開催できました。

3年ぶりの開催で、1、2回目は緊張の方が上回っていて、車中泊の前夜、何度も何度も目が覚めたのですが、今回の前日は、わくわくが緊張を増し増しで、案外熟睡、そして早朝の満ちたエネルギーと、山に上がってゆく霧の上昇感たっぷり浴びて、今年も素晴らしい時間を過ごすことができました。3回目となると(やっと)私も慣れてきて、来た方と少しお話ししたりできて、実は遠方から1回目から参加しています、とゆう方がいることが分かったり、今回は、すでに暮らしの一コマにヨガがある方々が来てくれて、単発なイベントのようで、しっかり繋がっていっているものがあって、紡いでいっている時間なことに、嬉しさたっぷりでした。なんでしょうね。この満ち満ち感は。といっても、言葉では言い尽くせない空間があるのです。体感した人にか分からない感覚があって、体感した人にしか、記憶に残せない時間。1年に1度だけれど、ここにしかない空気があります。呼吸をするたびに透明になる私の心。勝手に私がつけたサブタイトルですが、そんな体験をまた、来年!

その時間を共にしてくださった皆様、企画運営の担当の方々、心よりありがとうございました。