烏骨鶏を自分で殺めて食べました

烏骨鶏を絞めた2回目

人生で2回目。庭で飼っている烏骨鶏を絞める。1回目 〈烏骨鶏を殺めた私〉はうまくできるかどうかも よくわからなかったので、1人で誰にも言わず、実行しましたが、2回目の昨日はコロナ休みの、長女あもさんも参加。

吊るして、 首切って、 血抜きして、羽むしって、解体

前回は気が気じゃなく調理したので、今回はちゃんと部位を確認して あもと穏と 見ながら これが胸だ!これがささみ!これが手羽先と手羽元、とゆう風に。

これは何? かったいなー。切ってみよう。うわ!中にいっぱい詰まってる。ご飯と石がいっぱい詰まってる(結構びっくりな量の石を食べていること大発見)といゆうことは胃なんじゃない?これは2つあるから肺だね。。とかとか。

むねとささみは 贅沢にフライに。胴体の骨まわりと脚と手羽は出汁に、皮は揚げて、ももは丸ごと焼く予定、内臓は焼き鳥風に。

1ヶ月に1度も買って食べない動物の肉を、さばいていただく。

ちゃんと見て ちゃんと受け入れていただいた命はそれはそれはご馳走。

そして、命を途絶えさせるごとに、栄養は取れても、ものすごくエネルギーを消耗し、きっと私自身の命は短くなってると感じます。先進国の人類が永くいきられるようになってきたのは、そうゆうことも関係してるんじゃないかとも 感覚的に思うのだけれど。

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すきまにおかえり