
練習もかねてパン日和なこの頃
黒乳首パン
レーズン入りにしたら思いのホカ乳首が焦げた件
そもそも黒乳首って言葉があるんかい?と思って検索したら乙女の悩みの黒乳首だったのか
その思いを切なくも|哀愁の黒乳首|とゆう歌にしてしまった嘉門達夫さんがいた なかなか良き歌詞だ
もうおばさんの私は 黒かろうがピンクだろうが乳首は乳首でしょーが。と思うけれど…

練習もかねてパン日和なこの頃
黒乳首パン
レーズン入りにしたら思いのホカ乳首が焦げた件
そもそも黒乳首って言葉があるんかい?と思って検索したら乙女の悩みの黒乳首だったのか
その思いを切なくも|哀愁の黒乳首|とゆう歌にしてしまった嘉門達夫さんがいた なかなか良き歌詞だ
もうおばさんの私は 黒かろうがピンクだろうが乳首は乳首でしょーが。と思うけれど…

夕暮れ
ひぐらしの鳴き声が倍音となって 私とまわりを容赦なく浸してゆく 湧いてくるのか降ってくるのかわからない程の渦になる
光は明るいのに暗く 暗いのに明るく 濃淡がはっきりして妙に艶かしく浮き上がって見える森の木々たち
その世界に身を沈めたら 理性での思考も行動も放棄して ただぼんやりと 全てを包んでいる色と音に ただただ身をまかせ たゆたっていたくなる
そのひとときを愛撫していなかったなんて…
死ぬまで とことわのすきまに溺れていたい

数年ぶりにパンを作ってみた。
作る時間もろもろと 食べきってしまう速度を考えると 手作りパンは 現代的にゆうと効率利便のコスパ合わない王者だと思うパン様。が…なぜか 久しぶりにパン様でも作ってみるか〜とゆうゆとり(正しくゆうと暇)があるからだろう。
ほぼニートで鬱病的発達障害と言える私が 社会との関わりを拒絶し 暇とゆとりと豊かさがあるのでパンを作ってみる
何度の何グラムを何時間管理して とゆうレシピは読むだけで白目になってむりー::となるので 混ぜるだけのパンしか作れない(そもそも作る気がない) そんな私が唯一作れるかもと思うパンがロデヴ。(勿論 作れるとゆうのは自家用での意味で)
フランスのロデヴとゆう地名から名前がついたそのパンは 水分が90%くらい(多くのパンは65%ほど)含まれていてもっちりとみずみずしく とても美味しい。砂糖は入れず 粉と塩と水分と膨らませるものだけのシンプルさも良い。今回は思い立って作るのでイーストで膨らませた。
待てず-待つのではなくほぼ放置で 計れず-粉500gに水400ml の簡単測量 成形できず-ほぼヘラでぺにょんぺにょんするだけ のとにかく手抜きでできる 自家用レベルのロデヴ。
ほら。それぽいのが出来上がってる! ロデヴとゆうには本家におこがましくもあるので ぺにょんパンと名づける。

山羊に帽子を食べられる。
うっかり帽子をかぶったまま山羊小屋に入って座ろうもんなら 帽子のフチから食べられる。
はじめての日は、烏骨鶏にごはんをあげていた時。急に頭が引っ張られぐいぐいん!と左右に揺さぶられ ばさぼそとゆう音が耳そばで響き、何が起きたのか理解ができなかった。はっと我に返った時は山羊が真横に急接近(慣れているので怖いわけではない)。私にとっては日除けの帽子が 山羊にとっては食べられる素材だ!とゆう認識で、帽子にかじりつかれている!とゆうことが理解できた。
驚いたものの、そのまま ようは 帽子をかぶったまま食べられている状況も悪くないなと、あえてじっとしていたら、耳元でむぞむぞと噛み砕く音に、都度引っ張られる感覚が なんだかなんだか…官能的だった。ちなみにかじってくるのは妊婦のメス。
今世界中で 自分がかぶったままの状態で 帽子を山羊に食べられている人はいかほどいるんだろう、とも、思い巡らし なんだか幸福感がもよもよとと湧いてきた。もよもよ…どころではなかった。どろんどろんと吹き出てきた。とても気分がよかった。誰にゆうわけでもないが 社会に馴染めないほぼニートの私は毎日1人でこんな類のあれやこれを堪能している。世界は官能的で美しい。

麗しの蓮
毎年3月あたりに株分し、じわりじわりと増えているはす族。5月の引っ越しで石臼(重くて運べないため)に入っていたハスを更に株分けた為 蓮に嫌な想いさせてさせちゃって今年は咲かないかも…なんて思いつつ待っていたら、思いの外たくさんの蕾が出てきてくれている。
今季初開花した日は 数年大切に想ってきた水曜ヨガ部の解散の翌朝。なんだか清々しく晴々しく そして初々しく 開花を眺めた。
以前の住処は道下にあり 通りがかる人が(といっても田舎の さらに山に向かう道なので限られるが…)蓮の開花時期には 車を少し停めて見たりもしていたが、今回の住処は道上になったため 道を通りががっても見えなくなった(さらに こちらの方が山の中で通りがからなくなったし…)
道上に来れる何かを持っていないと見れないと思うと貴重さが増すが、そもそも誰かではなく すべてに向けて咲き誇っている蓮に祝福を捧げるも 長い日々をつぼみで過ごし たった1、2日で花びらを散らしてしまう潔い優美な様。そこにさらに魅了されてしまう。

11年住ませてもらった場所を離れ 引っ越した。もちろん山羊も烏骨鶏も猫たちもみんな一緒に。
古家から古家へ。11年住んだ家も改装と瓦礫の片づけから始まったけれど…
4月に引っ越し先が決まっていなかったのに、5月7日午前に契約して、その午後には天井と床が剥がし ある意味、深部が身包み剥がされ 会った初日に熱烈に求め合うような愛が始まってしまった。笑。改装が始まり 10日後には拠点を今の新居に移し 改装と引っ越し だけなら余裕だが、裏山の放置されすぎた薮を開拓、さらに 夏野菜を植える場所の確保と田んぼ までやりきって 5-6月はとにかく自分たちのために時間を費やし、働き動いた。お陰で身体が少し締まって体幹もきたわれた。疲れることなく前より一層健やかだ。いいことしか起こっていない。
手放したこともあるので7月は挨拶回りで いろんなことから本当の意味で解放されるのは8月かもしれない。が、とにかく引っ越してよかった。新居に巡り合えたことも ここまでの流れも 自分たちの意思とは別次元で とても大きな揺るぎない力が働いてここに連れてきてもらったとしか言いようのない出来事だった。
出来だけ 執着と所有から離れてここにきたら 桃源郷とも楽園とも思える美しいところで 毎日が滋養溢れて 私以外の創造されて生きているものに 生かされて生きて 喜び溢れて 五感全てが愛でられて愛でてを繰り返す毎日だ。現代社会では煙たがられる 暑い日も雨の日も雑草も 虫たちも全てが必要不可欠で この世にある。ことが身に染みてよくわかる。
ことほぐ。とゆう響きがとても美しいなぁと思っていて いつか誰かにどこかに向けて使える時が来たらと思っていた。
ことほぐ。を 本来の完璧なものすべてに捧げたい。

苗代、なわしろと読む。田んぼに植える前に 種から芽出しし、少しだけ成長させておく、稲の苗を大事に育てる場所のこと。最近は機械で植える人がほぼなので、ポットとゆうか、四角い箱に小さな区切りされたところにタネを落としていくのが多いが、うちは手植えなので、直に土で 畑のような感じで育ててゆく。
引越し先も決まらず どこに植えられるかも未定だけれども、とにかく撒かぬことには食えん。とゆうことで、ここでは最後になるであろう苗代作業を先週。せっかくタネをまいて農園ぽくなるのなら 立て札を作ってもらおうかなと 息子|小4学校行かず|にお願いしてみた。
なんて書く?せっかくなら愉快な感じがいいよねぇ。もち米はー|もちもちモッチーナ|私案| ササニシキはー|ささやき ささにしき|息子案| 黒米は えー何がいいかなーってことで|クククの黒米太郎| ゲゲゲのなんとか太郎もじりで 3種の名前が決まった。
じゃ書いておいてね、と薪になるはずの端材の中から良さげなサイズを選んで渡しておいた。少ししてみにいくと 笑ってしまった。もちもちモッチーナではなく もりもりモッチーナ とか もてもてモッチーナ とか書いてある。聞いてみると まずもちもちモッチーナと書いてみたら もりもり とか もてもてとか 思いついて面白いかも、と思ったらしい。うん。めちゃんこおもしろい。このささやかめちゃんこおもしろい の気持ちがタネに届いて 陽気に育ってくれたらいいな。
撒くまでなんだか 引っ越したいのに場所決まらず 根下ろしすべき夏野菜のたねや稲もどうするーみたいな感じだったけれど、撒いてしまえば、当たり前のいつもの目の前のことに集中できるようになってきた。さて6月 どこに根をおろし直すのか、、楽しみになってきた。
芽吹の4月 見上げると山々は新芽の黄緑が美しく、見下ろすと 柔らかな草たちが大地の潤いを守ってくれていて 裸足で踏み入れるととても安心する。

醤油を仕込んでから、あれ、もう1ヶ月…最後の冬籠り期間を楽しんでいた、のかもしれない。し、春を待ち侘びていた、のかもしれない。
冬から春の陽気になって、寒さからの緊張から解き放たれつつある心身が、太陽や土を欲し、内側から突き動かされる感覚が鋭くなってくる。烏骨鶏たちも急に卵を産み始め、抱卵真っ最中。猫だって山羊だって、ひだまりにでて ただ太陽と戯れ、春風を掛け布団にごろごろしている。下手したら、年中同じサイクルで暮らし、 (睡眠時間だっ夏冬は違うくて当たり前なのに) 時間と概念に取り囲まれて生きている人間にとって、彼らの営みがいかに、魂に従順に、そして大切な時間を過ごしているか、無理していない分、素直にふうわりと伝わってくる。猫たち、鳥たち、ヤギたち、そして微生物たち、草木たち、一緒にいてくれてありがとう。でしかない。息ができることも筆頭に、人間だけ。で幸福な形。はありえない。
春から、長女のお弁当作り(本人がやる気がでればいいと思う)が始まり、面倒だろうなと思っていた。美味しいお弁当を作る、とゆうことよりも、思いの外、早起きもでき小さな箱にいかに詰めるか。とゆうところに面白さがあることに気づく。どうやら、空間を整理する、のが、(うまいかは別として) 小さくても大きくても、それが結構心地よいのだ。
空間。/から の ま/ 詰めるうめることに囚われないでいると、空のままであることで、豊潤が満たすこともあるだろう。お弁当が、不意打ちで空でも、ちょっと面白い、かもしれない…

へへへー。緑のふわふわ(カビがいっぱい舞い飛ぶってこと)ができて、にまにましてしまった豆麹づくり2回目。保温はせずに、じっくりじっくり温度が上がってくるのを待って、3日かけて完成した。ネットで見た情報も、もちろん参考になったけれど、目の前の生きている菌に意識を集中して、どうしたらいい?どうしてほしい?のひそやかな会話が、とても貴重な体験になった。1回目のあと一歩、緑になりきれなかった麹の醤油と、緑になった麹の醤油、2種類熟成。さて。途中経過、そして味に違いが出るのかな…

3年前に実は挑戦してみた[醤油づくり]。格好がいいからと、(事前に浸水して漏れをチェックして)古い木樽に仕込んだのに、じーんわり漏れていて;;(その時は)失敗したーと全部、土に還してしまった(豆と麦と塩味で、山羊も烏骨鶏たちも美味しそうに食べていた) が。中の方は実はまだ生きていたのか…しばらく庭先からいい香りがしていた。
先日友人が仕込んでいた初醤油!を搾ったのをいただいて、出来上がりの状態などの経過を聞いていくと。やはり、あの時の還した醤油は生きていたことが、明確となり、それならば、また作ってみる価値はある。運良く、今年は白大豆は18キロ収穫できたので、余分もある!玄麦もある!早速 豆麹づくり。をし、醤油を仕込んだ。
味噌の糀が 保温しっかり目の40度キープなのに対し、豆麹は30度キープ、この30度とゆう低い温度が結構難しく、保温すれば上がりすぎるし、高温になって麹菌より納豆菌が優位になって、納豆になったらこまるので、とにかく保温はせずに、麹菌を信じ、じぃっっーくりと温度が上がってくるのを待ってみた。出来上がりが予定よりも遅く、思ったより緑緑しなかったが 出来上がってしまってからの温度がなかなか冷えず、強い菌だなぁと、見えない世界に息づく生命たちを、温度で感じた。
大豆の茹で汁を、仕込み水とし(古式製法とゆうらしい)、味噌用にと思って、友人宅から破格の800円で譲ってもらった大きな甕に仕込んだ。毎日、蓋を開けては混ぜるを繰り返し、ふつふつとか、しゅわしゅわとか、ぽぽぽっ。とか、甕の中から 耳を澄ますと聴くことができる調和音を楽しんでいる。
が。1回作ってみたら、もっと、緑に。もっと、もふもふする。豆麹に出会いたいとゆう欲が出てきて、今季にもう1回豆麹に挑戦、麹菌を頼んでしまった…。次回はみどりで、ふわふわと菌が飛び舞うような、かぐわしの…うるわしの君に出会いたい。

寒波で雪がたくさん降った間が、ちょうど今年の味噌用の糀作りを予定していたので、ここぞとばかりに薪を使い、冷え切った部屋を暖め、その熱でお鍋の蒸気をたくましく噴きあげ、米(ササニシキ五部付き米)を蒸した。
今年は、学校を休んでいたぼくちゃん(産まれて今まで寝込んだことはないので、この日ももちろん元気だが学校に行っていない)が、いたので、糀作りの助手をお願いして、熱々のお米をさっと冷やすのに必要な(簡単だが、結構大事な)うちわであおぐ係を任命した。
ちょうどその日は、学校で味噌作りがある日だったようだが、既に、何度も家で作るのを手伝っている彼は行かなくてもいいか、(と思ったらしい) とゆう気持ちと、みんなにナイロンが配られて、その中で大豆を潰し、糀と混ぜるときいた?彼は、それはナイロンが無駄だ。と言っていて、それも理由、だったようだ。
まぁ、米作りから手伝って、大豆の収穫も脱穀も一緒にしてくれているので、糀作りをみて、実際に仕込んで、10ヶ月越しの味噌作り授業が、完結したのかもしれない。それは人間だけの力ではなく、水や太陽、大地や他生き物、微生物のおかげ様であって、
「生きる」の暮らしは、切り取られた断片ではなく、物語の継続が全てに影響しあっている。ことも、同時に感じてくれていたら、より生きた授業を、生きながら、食べて体得しているはずだ。
糀作りは決してうまくできているとは言えないが、湯たんぽと、人熱を使って、非電気で作っている。米は、手植え手刈りのかけ干し、脱穀は機械。大豆は鎌1本と、足踏み脱穀機、唐箕の人力で出来上がってきたものを、薪ストーブの熱で、両方蒸したり、茹でたりする。そこまでの過程を思い返すと、糀もその道にのっかっていくしかないような気がして、それほど無理なく、結果、できている(とゆうことにしている)。便利にしてゆくことは、案外簡単なんだけどね。
さて。熟成してゆく唯一無二のお味噌ちゃん。収穫からの加工としては終わりだが、熟成としては始まり。いつも思うし、何度も書くが、保存食は時間をまたいで、過去 現在、未来をつなぐ尊い滋養食。私たちが見守っているようで、実は見守られているの…かも。

積雪20ー25センチだろうか、数年前まで(はもっと積もっていた)毎年普通だったその景色も、今では、珍しい風景となり、寒い寒いと、数年前を思えば、本当はそうでもない寒さに一喜一憂している。一喜と言えば、写真のような美しい景色、と。この時期13時前にようやく、杉山の向こうから顔を出す太陽ゆえ、日中は薄暗いが、雪の反射で午前も明るいとゆうところくらいで、寒いのが苦手な私は、ちょっと嫌気もさし怒っている、、かもしれない。(垢ほどの器のわたし…)
先日息子が学校で借りてきた|ぼくの南極生活500日|を読んだが、めちゃくちゃ面白い内容で、自家用に買ってしまおうか、と思ってしまっている。カメラマンとして南極に滞在した著者の武田剛さんは、−20.30度を体感してしまうと、0度になると汗をかいて暑いと感じると書いていて、慣れってすごいもんだ、と感心してしまった。
そもそも、氷の厚さが2000−3000mあるので、高山病にもなるような低気圧で、かつ、寒い。とゆう極地。それでもって太陽が照らない、もしくは照りっぱなしの時間があるような場所で、働く人がいて、集団生活。寒いとか、日当たりがわるい、とか文句言ってる私のように、嫌気をさしたり、怒ったりなんてもちろんの事していられない、だろうし、そもそもそんな性分の人材は選抜されない。はずだ。(みんなの命を危険に晒すだろうし、おそらくすぐ死んでしまうだろう)
そんな本を読んだものだから、自分の至らなさが明快浮き彫りになって、なんだかそんなこともどうでもいいような気さえしてきた。自然摂理の中で、雪は降らなくてはいけないし、雪崩も起きなくてはならないのだ。それが起きなくなった世界、は今よりもっと、怒りたくなって(怒ることすらできない絶望的状況かもしれない)しまう要素が多くなってしまうのかもしれない。
雪が降って、虫や種の種が淘汰され、浸透水になり、海の肥やしになる。山では雪崩が起きて、現状維持できなくなった飽和状態が解放されて、新しい芽吹きがそこにおとづれて、動物たちの餌場になる。人間都合で不都合なこと、が、全てがそう感じているわけではないってことだ。暴力的かつ聡明な自然の摂理、必要で起こる地球全体の微調整こそが、私たちの儚く尊くも数多くの命を、奪うこともあれど、守ってくれている。
ぎしっ、ぎしっ。ぎゅぎゅっ。雪を足裏、特に前側に感じながら、月あかりでぼんやりと発光したように見える雪の中、白い息をまとい、行き着く先は歩いて数分、日常利用している温泉だ。急いで裸になって、どっぷーんと一気に湯の熱さを、冷えた体に染み渡らせたいが、心臓のこともちょっと気にして、じわーじわーっと、水面下に沈んでゆく、まるでゴジラが海に沈んでゆく時のように…。とろけテユク至福感よ…南極生活には、とてつもなく興味はあるが…私には到底無理だ。
と、ゆうか。誰にも誘われてもいない。。

この子たちがお腹を満たせる草があればいい。お日様がたっぷり浴びられる安全な大地があればいい。喉を潤わせられるミネラルの多い水があればいい。暑い日は木陰になる木々があればいい。草、大地、水、木々に必要な綺麗な空気があればいい。物では満たされないことにうっすら気づいた人類も、あればいいのは、きっと、そこだと思う。命が繋がっていく、とゆうだけで、生み出されている魂を揺さぶられる大きな振動、は、私が知っている、の感覚を遥かに超えてずるく、知ってなんかいなかった、分かってなんかいなかった、と思い知らされた何よりも尊い出来事だった。ここに巡りついてしまった以上、巡りつかなかったことには、もうできない。あっとゆうまなのか。しばらく。なのか、誰にもわからない命の時間をどこに捧げてゆくのだろう。

先日、またつぎはぎ作業をしていた。
手織り生地のベストを随分前に買っていたが、最初の浸水で、1回も着ずに思いの外小さくなってしまったので(手織りは時に縮むので注意)、そのままおいていたものと、他の破れたパンツのつぎはぎ。母親が来ていたインド手刺繍のスカートと頂いていたリネン生地とのつぎはぎ。
何個の服が1個になったのかわからないくらい、形を変えながら形になってゆく…
形を変えられたのは…服 それとも私…形になっていったのは…
つぎはぎしたのは私、では、つぎはぎされたのは服なのか私なのか…
迷わないよう、私も一緒につぎはぎすればよかったかな

木。とゆう生き物は大体立体的に、胴体周り全体バランスよく枝を伸ばしてゆくことが多いと思う。メタボなんて気にせず成長し、近所迷惑なんぞお構いなしに伸びたいところへ伸びてゆく。
ま。まっとうな姿。だよなそれが。
フォボナッチだし!(先日息子が学校から借りてきていたキャサリン ジョンソンさんの伝記を読んだ。8?9?歳の頃に、自分で、その法則を見つけていたんだとか…)
が、うちに生えてきてしまった木たちは、敷地が狭いため…メタボを気にしつつ、片側には枝が伸びないように、うちの敷地を超えて成長しては、越えてしまったものには、ボキボキに折られて捨てられる刑(私はボキボキにはしない)が、待っている。
2年ほど様子を見てきたが、これ以上大きくなったら、ボキボキどころが、ボッコボッコにやられそうなので、腑に落ちない気持ちを、もんやり持ちつつ、ただ生きていたいだけの木、を、理由にならない理由で切りたくなかったが、結局伐採した。
伐採後、もちろん薪にはするつもりだったが、もしや、山羊が食べるかも。と、すでに新芽の準備を始めていた木の枝も、幹も、山羊の近くにひとまず置いておいたら、毎日、ショリっ。ショリっ。と音をたてて。下の歯しかない強い顎で、柔らかい皮と、新芽も好んで食べていた。柔らかいと言っても、下の歯だけで、いわば削り食い。これだけ見事に剥ぎ取れるのは、本当に器用ですごいと思う。
木に申し訳ない気持ちがいっぱいありながら、5、6m、幹は20センチほどを、手のこでズーハーズーハーと、音をたてて、さばいていったが、山羊が食べてくれて、なんだか心救われた。報われた、とゆうほうが加害者なのに被害者になれるのか…。
友人が言っていた。生き物たちは、ごはんとして食べて、自然に還りやすい状態=うんことして出してくれて、還りやすいだけではなく、他の栄養にもなるんだから、本当にすごいって。確かに、生きているだけでサスティナブルかつ、食べて出して、死んでのサーキュラーエコノミー。かつてからあって、最先端がすぐここに。

audible もしくはSpotifyを聴きながら、その日の気分のおやつを作る。そんな時間があるときは私よがりの良い日
チャイかコーヒーか、もしくは薬草茶を飲みながら、のんびりしつつ、味見と言いながらボリボリと食べ過ぎ注意。きなこビスケットと生姜スコーン。柚子胡椒クラッカーも作るつもりが、もういっか、となったので今日は2種類。
そんな日は、ゆとりがあるので、必ずミシンか手縫いか、の時間もくっついてくる。布団カバーが破れていたので、足踏みミシンで新しいのを縫い直した。持っていた2枚の布を使った.何かの用途として使われてなかったものを継ぎ合わせて、別のものに作り替えただけ、なので、持っている量は変わっていないのに、妙にすっきりと片付いた感じがして気持ち良い。(常にもっと物少なく暮らしたいと思っているせいか…)
さりげない日常に浸る。つかる、とはちょっとだけ違って、ひたる。
ひたひたに浸って、しんなり。

思い返せば、中学2年生の時だったか…美術の時間に教科書や資料の中から模写をするとゆう時間があって、迷わずダリ。の絵を真似してみた。クラブ活動の時間に美術を選択し(その時の美術の先生が、奇しくも惹かれていたし)またまた、大きな絵を数人で共同で描くとゆう時も、みんなを説得して、ダリ。をまねた(奇妙な、見る人がみたら気持ち悪い絵だった、が、私がなんて素敵なの、と思っていた)
説明できないような世界観と面白さ、気持ち悪さと、独創性を兼ねた、ダリの作品が、その当時から、興味があった、のだと思う。
20代前半、関西に住んでいた時にも数回、ダリ展に1人で足を運び、なんだかよくわからない充実感と妄想と、頭の中の現実が、うにょうにょとマーブル模様になる感覚を楽しんだ。そして、先日、久しぶり大分で開催されていたダリ展へ。
私がダリ。をはじめて意識したのと同じ年頃の長女に行きたいかと聞いてみたら、面白そうだから行く、とゆうので、学芸員さんが説明をしてくれる日と時間を合わせて行ってみた。
学芸員さんのガイド付きって、どんな感じなのだろうと、期待して期待せず行ってみたものの、思っていた以上のお客さんが、その時間に集まっており、驚いた。
時代背景や、説明を入れてくれたおかげで、自分だけで見る好きか嫌いかの視点、とはまた違った見方ができたり、交友のあったピカソの犬が、展示物のフランスパンを食べちゃった話、にプププとなったり、シュルレアリスムの背景、思想も少し理解が深まった。
超現実主義/シュルレアリスム とゆうと、真っ向見える世界だけの話っぽいが、そこをも含めてさまざまな重なりこそが現実であるとゆう意味なのか…精神世界、潜在意識こそが、現実に見え隠れしていて、そこも現実であるとゆう。
フロイトの影響も大きく、絵画、作品、とゆう目に見える形となって、存在と、空の融合がシュルレアリスム、と、とらえた。シュルレアリスムのことを、今更理解して、ダリ(シュルレアリスム協会からは、除名?されたらしいが)に惹かれていた理由が腑に落ちた気がした。
探求しているわけではないが、どうやら私の人生は、小さな頃から見えない何かにとらわれていて、奇人変人な子供だったし、自然崇拝が絶対のような確信もあったり、突然舞い降りた虚無、とゆう言葉。不思議と導かれたヨガと、既にこの道が、じわーっと前に広がっていたようだ。
ちょっと悲観的にもなりがちな現実や、興味だけでは曖昧な誠実度合い、現実では確信つかない潜在意識からの誘惑。そこを、ダリのようにユーモラスに自分自身を表現。できたら、なんと素敵なのだろう。

梅のつぼみはもう春を感じていて、寒さを耐えて待つ、とゆうより、春のおとづれを楽しみに待っている感じがして、写真を撮りたくなってしまった。
おそらく、霜柱ができた土を掘れば、土中ではつくしがスタンバイ、モグラ叩きゲームのモグラように今か今かと、出ても良い機会をうかがっていることだろう。
寒い冬になると、小学生の時、教科書に載っていた、|はるかぜのたいこ|とゆう物語を思い出す。たくさん着込んだ寒がりやのうさぎが、ある楽器屋に行き、寒いならこれを叩いてみたら?と店主の勧められるままに太鼓を叩くたび、暖かくなって、着ていたものをズンズンと脱いでゆき、最後にはこの太鼓をいただいていくわ。とゆうお話。
柔らかなパステルカラーで描かれた絵のタッチと、言葉がリズムよく太鼓の音として鳴り響き、読んでいると、まるで自分も春の野原にいるような心地よい風が吹いている感覚になる、不思議な本なのである。大人になって、古本屋で再会し、迷いなく購入してしまった。
小国に来て、寒い冬から、春のうつろいへの喜び、がこんなにもあるものだったのか、と知った。寒さ厳しいからこそ、暖かくなることを待ち望み、芽吹きや、柔らかい風、陽射しに、心から感謝してもしたりない。と、ただ待ち望んでいるだけで、必ず運んでくれる自然の贈り物の尊さに崇拝する気持ちが生まれてきた。次の春。はいつおとづれるのだろう。待ちどうしい。心体の奥底から。

冬は数日に1回のペースでお焚き上げ。山羊の食べない竹の茎?枝?部分をそのペースでお焚き上げしないと、春先には庭が、巨大な蜘蛛の巣にようになってしまうかも…。試してことはないが、積み上げようによっては、それはそれで、アート、と言ってもいいくらい素敵なものが出来上がるかもしれない。
夕方から始めて、燃えっぷりが安定してきて、太陽が沈み、あたりが藍暗くなったときの炎の妖艶さといったら、うっとりするほど美しい。
地からの空気を吸い込みながら、天に向かって、ごぉーーっとうめき声を上げながら、うねり、からまって、形を無くしてゆくそのさま。を見あげると、儚さと満ちゆく先に、ぽっかりと星空、やお月さんがなんてこない顔して、こちらを見ている。
熱と勢いとが、穏やかで冷静なものに中和されるように、すぅーっと軽やかな空気に変わってゆく。ふと、気づくとあんなに山盛りにあった竹の茎枝たちが、手の中におさまるほどの灰となって、チクチクと赤みを見せつつ、中にはすでに鎮火し、冷静と化している。
見上げたものの先にあったもの、が、足元に戻ってきていた。
お焚き上げ、作業を終えると不思議とすっきりしているのは、心の内を一緒にお焚き上げているから…かな

金曜の朝の庭。天気予報どうり雪が積もっていた。雪が降った日は案外暖かいが、その後、日当たりの悪い家なので、雪が残り、溶け残った雪が再び凍ってスケートリンク化し、ただひたすら底冷えする日がつづく。のがつらい。
雪の日でも山の中に入って、山羊のごはんの竹を切りにゆく。寒いから行きたくない気持ちと、雪の日だから行きたい気持ちとが葛藤する。寒いのがとても苦手なのに、葛藤するのは行った先の美しさを知ってしまったから。
魅了されるその美しさに、身を浸せたい故に、白い息をまとわせて登ってゆくと、そこには、目を見開く世界と、澄んだ空気と妙な静けさ。ホモサピエンスがその白銀の雪に押し入れるぎゅ、ぎゅっとゆうふみしめる音、が、呼吸の音と共に、自分と森に響き渡る。獣の足跡は結構ある。が、人は、おそらく私だけ。ちょっと嬉しくなる。獣の足跡を追って歩いてみるが、行き詰まり、諦めて自分のやるべきことに戻る。
家の裏手、とはいえ、タラタラしてたら手の指先が冷たくなって動かなくなるので、のんびり作業はしていられない。滑らないように、そして危険なことにならないように、いつもより慎重に作業をする。
いのち。は、いつの時も危険と隣り合わせのはずだが、案外日常でその危険を自らのこととして、とらえる瞬間は少ないもので、雪の山に身を置くと、網羅万象だとか、私は誰なのか、環境の問題とか、未来の不安だとか…まぁ、考えてもぐるぐるするようなこと、より、本当に目のすぐすぐ前に自分の意識が迫ってきて、生きているってことが、生々しく感じられる。
そうゆう時って、アドレナリンも、セロトニンも、オキシトシンも、なんだか、じゅわーっと放出されているような感覚で不思議なくらい心身が、ふぅわり軽やかだ。健康感とか、特別なことは必要なくて、おそらく、人、とゆうか、ホモサピエンスは、人間以外の生き物がそうなように、本来は霊的に宇宙の存在と絡み合うことのできる物質なんだと思う。