烏骨鶏を自分で殺めて食べました

烏骨鶏を絞めた2回目

人生で2回目。庭で飼っている烏骨鶏を絞める。1回目 〈烏骨鶏を殺めた私〉はうまくできるかどうかも よくわからなかったので、1人で誰にも言わず、実行しましたが、2回目の昨日はコロナ休みの、長女あもさんも参加。

吊るして、 首切って、 血抜きして、羽むしって、解体

前回は気が気じゃなく調理したので、今回はちゃんと部位を確認して あもと穏と 見ながら これが胸だ!これがささみ!これが手羽先と手羽元、とゆう風に。

これは何? かったいなー。切ってみよう。うわ!中にいっぱい詰まってる。ご飯と石がいっぱい詰まってる(結構びっくりな量の石を食べていること大発見)といゆうことは胃なんじゃない?これは2つあるから肺だね。。とかとか。

むねとささみは 贅沢にフライに。胴体の骨まわりと脚と手羽は出汁に、皮は揚げて、ももは丸ごと焼く予定、内臓は焼き鳥風に。

1ヶ月に1度も買って食べない動物の肉を、さばいていただく。

ちゃんと見て ちゃんと受け入れていただいた命はそれはそれはご馳走。

そして、命を途絶えさせるごとに、栄養は取れても、ものすごくエネルギーを消耗し、きっと私自身の命は短くなってると感じます。先進国の人類が永くいきられるようになってきたのは、そうゆうことも関係してるんじゃないかとも 感覚的に思うのだけれど。

春爛漫

春爛漫/2020

こんにちは。コロナで職を失っているニートです。が、娘がその辺遊びに行って食材調達してきてくれるので、むしろ豊かな川嵜家の食卓です。マスクとトイレットペーパー買い占める前にもっとやれるべきことがあるのではないでしょうか。うちはインドでも暮らしていたので、トイレットペーパーなくても まったく困りませんが。。(むしろトイレに壁さえあれば、ありがとう!です)でも今まで、捨てるために作られているトイレットペーパーを使うのがいやだったので(ゴミ袋の存在も嫌)、これを機に、ボロ布に替えました。トイレットペーパーも置くけど、できるときは布を使って洗う。オムツもそうしていたのだからね。いい意味で、 コロナさんのお陰で天秤にかけて削ぎ落とされていく暮らしがあります。自然も時間も、使い方によっては永遠にあり、使い方によっては短命であることを 感じます。

stone circle garden

Stone circle /Kitchen garden

おーい。もうそろそろなんじゃない?と畑から聞こえていたものの、あんまりにも冬感がなかった今年で。もうちょっと、冬を味わせてとばかりに、先延ばしにしていた畑仕事をやっと、今日。ご挨拶。土にふれるって、やっぱり気持ちがいいなぁ。我が家の畑はストーンサークル。烏骨鶏が万が一入っても、畝だてが大変にならないように、だんだんこの形になっていったのです。緑がいっぱいになって、実ってきたら、畑とゆうよりガーデンになって、かわいいのです。どこに何を撒くか、植えるか、そんなことを考えているとアドレナリンがブハッと出て楽しいです。田んぼの季節もすぐそこ。わくわくする季節です。

ぬか床\2020

ぬか床\2020

ぬか床にまた挑戦。夏を超えて秋になって、なんだか、もういいや、と思って、全部鶏にあげてしまった。のだけど、新しいぬか床とのお付き合いをまたしたくなって、毎日精米してでる(といっても、ほぼ2分づきで食べるので、ちょっとづつしかでない)糠を地道に集めて、昆布に椎茸、塩に鰹節、唐辛子を入れて、だいたいでまぜまぜ。毎日かき混ぜてます。そもそも、ぬか漬けなんて、ほとんど食べた事がない私で、これって本当の味なのか?ってゆうのがわからなかった、とゆうのも続けられなかった理由の1つだったのだけど、ある御宅のぬか漬けを食べた時に、随分個性的なんだけど、美味しい味で、あ。なーんだ。ぬか漬けってこんなに家によって幅があるものなんだ。思ったのです。時間をきっちり測る、量もきっちり、とか、私はひじょーに苦手です。なので、こんな、カンジ。とゆうニュアンスでできるならば、糠も野菜も手に入るものだし、やりたいなと。プチトマトのぬか漬け(が、美味しいと聞いたことがあるので)、今年こそは、自家製トマトに自家製ぬか床でぜひ挑戦したい1項目です。

籾殻燻炭を薪ストーブ内で作る

くんせい

 

おつかれさま

 

あられ/爆睡

大の字で眠る。とはこの方のこと。いつも薪ストーブの横の1番えーとこで、眠ってるんやけど、こそこそ噂しても、ちょっと動かしても、ちっとも起きなかった昨夜。ネズミも捕まえてたし、その前の日は大きな鳥も捕まえてたしな。相当お疲れだったんやな。。あられさん、おつかれさま。忙しくても猫の手は借せないよ。

KM800

東京織り機/KM800

先々週の世紀の大救出からちゃんと置き場を作って。

KM800。我が家にながれついた織り機。

super mini KM800てゆう名前なんだけど、全然スーパーミニじゃない。調べたら御値段スーパーだったけれど。何屋になるんだろう、私は。

自分菌を信じる

cーv

コロナウイルス。うわさを聞くと怖いものではあるけれど、菌によって生かされてる私たちだから、自分菌が強ければ大丈夫。と信じてる。いい菌もちょっと悪い菌も含めての自分菌。昨日食べたもの、今日食べたもの、ずっと前食べたもので自分菌は強くも弱くもなる。抗生物質でやっつけた病気の菌の代償に自分菌も減っているのだよ。栄養をと思って食べている添加物で自分菌が減っているのだよ。それって本当にいいのかな。本来なら圧倒的な自分菌がいるからひとつのウイルスなんて、へっちゃぴのはずなんだ。今こそ、自分菌を増やす生活をする時がきたのだ。

みんなで集まってするヨガの時間は全部なくしたけれど、それぞれができるヨガの形がある。

いつもやっていることの積み重ねが今の自分、これからの自分になる。それって本当?を問いただす時。

たくさん胸椎を動かして、深い呼吸をしよう。

木やタンパク質が好きだったかもしれない菌が、突然変異、もしくは進化して、プラスチックや、もしかしたら、ユニクロのヒートテックが大好物かもしれない。戦うのではなく、うまく共存しつつ、負けない体/自分菌を作るのだ。

負けてしまっても、本来ならば、やはり菌が我らを分解して土に還してくれるのだから

 

絵本はみんなの本

絵本も哲学いっぱい

友人が天職は廃品回収業だと言いますが、ここ数週間内に捨てられる前に救出したもの、大きな木樽に木箱、レトロな瓶もろもろに、織り機5台、本、、何冊?保育園を経営ですか?と聞かれましたが、、いえ、普通の家です。他にも山のようにあった書籍がただゴミ捨て場に持っていかれました。もっと時間があればもっとたくさん救出できたのに、、悔しい想いがが、またフツフツと。

本は子供だけのものじゃないのです。大人が読んでも、充分おもしろい哲学があって、夢もあって、わくわくもあって、想像力にも響くものがある。自己啓発本とか、部屋を片付けるためには、対人とうまくコミュニケーションとるには、、とか読まないで、絵本を読めばいんじゃないかと 、、私は思うのですが。

いつか絵本を読みながら珈琲飲む大人と、遊びながら絵本を読む子供、みんなが好き好きに野外でのびーっとできる場所を開放できたらいいな。

電子の時代だからこそ、リアルに目の前にある書物っていいと思うんだけどなぁ。

やっと冬がきてもう春

椎茸雪トッピング

やっと雪が積もって 待ってましたの嬉しさだけど、日中の気温が高くてあっとゆうまに溶けてしまった。小国も日中は窓を全部開けて換気していられるほど、布団を干さずにはいられない陽気で 、椎茸がもにょもにょし始めてます。ぶりりん、肉厚椎茸♡

35年前20年前

針山

19歳の時に住んでいた大阪、の梅田にあるLOFTにて購入したチャイの茶っ葉が入っていた缶。いまから思えばよく時にこれを買ったなと思うけれど、かっこいいからちょっとお高いけれど買った 記憶がある。(ちなみに15歳の時に買ったレモン飴のレトロなデザインの缶も大事にしている)そして、針山。小学生の時にいわゆる共同購入させられたお裁縫セットの中身。なのだけれど、最近までプラスチックの全然好きじゃないけど、なんか使っていた箱があったけど、やっぱり好きじゃないので、処分した。代わりにこの缶に入れたらしっくり。暖炉の前で ロッキングチェアにゆらゆらり。小さな丸眼鏡を鼻にちょこっりのせて このお針箱を使うばーちゃんの日は近い。

梅開花/

今朝起きたら、1つ 梅が咲いていました。人間都合には あったかくていいではあるけれど、これほど暖かいと 先の気候と自然の循環が心配でなりません。

花炭

はな

すでにある\そこにある\ここにある

あく

小国にきて 6年?7年?思い返せばあっとゆうまで、間違いなく今までの人生では最も濃ゆい時間を過ごしているように思います。

見よう見まねで 薪ストーブで暮らす、とか畑をしてみるから始まって稲、大豆、麦と順を追って必要なところへ導かれているわけだけど、最初のイメージや文字とか言葉からではなくて、最近は魂の底からでてくるものに従って生きられるように、やっとなりつつあるのかなと感じます。

よそへ、どこかへ、と思いを巡らせていた、浮ついたものは ずーんと芯に入っていくような。自分はどうしたいのか、自分は何なのか、自分は、、から広がり、、(広がり?そもそもその中にいるのだよ)をもたせて 自分の周りの環境はどうしたいのか、自分の周りは何なのか、環境の中の自分とは。その繋がりとは。自分の周りは私たちの為に生きているのではないこと、それがやっと、少し感じられるのです。

よそへと 探していたものは すでにあって、それはそこであり、ここであり。

ずっと洗濯洗剤と葛藤していました。だけど、それはもうすでにここにあったものでした。それに気づいた時、素晴らしく美しいカウンターパンチくらって ぷっしゅーー!!!っと綺麗に鼻血が吹っ飛んで大の字にくたばりました。

木から火へ 火から灰へ。灰汁から川へ海へ。そして、雨になって木へ。

残った灰は土へ。木へ。微生物へ。

考えただけでも涙がでそうな循環の元、私たちは生かされているのだ。とゆうこと。

 

感性とは

あも作

テストで100点とっても 成績表が良くても(演じることはできるから)たいして嬉しくないが、こうゆうのを自分の意思で作ったのをみせてもらうと ちょっと嬉しい。

学校とゆうところに行き始めると、どうすれば大人もしくは周りが喜ぶか、、もしくは褒められるか、とゆうのも身に付けるようになるもので(勿論、社会で生きていくには 結構重要な項目である)それとは別に本人の感性のみ動物の本能的にこうしたいと思って、完成されたものはやっぱり感動がある。

 

リアルおままごと

小麦挽きお手伝い

のんちゃんのお仕事はヨガと遊ぶこと。と息子はいいます。そのとうり。ヨガと遊ぶことが私のお仕事です。遊ぶってゆうのは 田んぼを含め栽培 収穫 加工とか 機織りとかミシンとか、、なんですが、昨日の遊びは石臼で小麦を挽きました。

1kgを挽くのに、電動石臼でも1時間半かかりました。あー、手動だったら…今の石臼は借り物なので、自分用に電動か手動か非常に迷うところであります。1kg安けりゃ100円くらいから小麦粉ってあるよね、世の中は。

簡単早急楽チンから なぜにか逆行する道を選んでしまう私はとにかく 生きる為に食うことをするのに、時間がかかります。

そこで登場。4歳児。リアルおままごとの助手。石臼の状況見て、小麦を入れる、止まったら少し回す、粉がボールから溢れないように見る。小さいながらいい助手なんです。

秋に小麦を蒔いたので 収穫できるのが前提で、全粒粉活用の遊び。米、麦 大豆  さらに来年蕎麦までいけたら上出来でしょう。

 

猪肉燻製

猪肉燻製

猪肉を塊で頂いたので、燻製。もどき。にてみました。いつものことながら、あるもので組み合わせた、ので、漏れてはいけない煙がもわもわと…笑

燻製には桜のチップがいいとかゆうな!思い出して、染め用にもらっていた桜の薪枝をナイフで削りながら、せっせとスモーク。工程間違えて、しおっぺーのが出来たけど、ポジティブに保存向きだしと自分を言いくるめる。スモーキーでは、ある!ので、まず。完成とした。餅のピザやパンにアンチョビのようにちょっこりのせると随分風味がでて美味しいのであーる。

買ったのは 塩だけ、なので、随分と安く燻製ができた。ザ:主婦のド根性。

辺境で診る辺境から見る

辺境で診る辺境から見る

2019年にアフガニスタンで亡くなってしまった中村哲さん。この本を手に取ったのはたしか20代前半だったかな。その当時いわゆる都会に住んでいて、仕事の帰りに 23時くらいまで開いている本屋に行っては立ち読みをする、とゆう時期でした。この本もそんな時に。力強い写真とこのタイトルに惹かれて たしか中身も見ずに購入したっけな。帰って読み始めると一気に読んでしまい、ぽっかーんとした虚無感と 閃光のようにガツーーんと響いたさまざまなこと。その後、何度となく引越しして、いろんな本とさよならしてきたのに、この本はずっと一緒にやってきた。2019 中村哲さんが亡くなって改めてパラパラと本をめくってみた。辺境で診る 辺境から見る。タイトルのごとく、一方に向けてミルだけでは良い方向にいくには時間がかかること、違う方向からミルこともその職業にとって必要不可欠なこと。そんなことを、私も含め、アフガニスタンだけではなくて、日本にも近隣国にも また世界の誰かにきっとすごい気づきと影響を与えたのだと、改めて感じ、もっと生きて欲しい人が早くに亡くなってしまったことを非常に残念に思う。滅多に見ない 映像ニュースをネットで見たとき、哲さんが「戦争はよくない、戦争はよくないことしか生み出さない」とおっしゃっていた。その言葉がずっと脳裏に染み込まれている。