
へへへー。緑のふわふわ(カビがいっぱい舞い飛ぶってこと)ができて、にまにましてしまった豆麹づくり2回目。保温はせずに、じっくりじっくり温度が上がってくるのを待って、3日かけて完成した。ネットで見た情報も、もちろん参考になったけれど、目の前の生きている菌に意識を集中して、どうしたらいい?どうしてほしい?のひそやかな会話が、とても貴重な体験になった。1回目のあと一歩、緑になりきれなかった麹の醤油と、緑になった麹の醤油、2種類熟成。さて。途中経過、そして味に違いが出るのかな…

へへへー。緑のふわふわ(カビがいっぱい舞い飛ぶってこと)ができて、にまにましてしまった豆麹づくり2回目。保温はせずに、じっくりじっくり温度が上がってくるのを待って、3日かけて完成した。ネットで見た情報も、もちろん参考になったけれど、目の前の生きている菌に意識を集中して、どうしたらいい?どうしてほしい?のひそやかな会話が、とても貴重な体験になった。1回目のあと一歩、緑になりきれなかった麹の醤油と、緑になった麹の醤油、2種類熟成。さて。途中経過、そして味に違いが出るのかな…

3年前に実は挑戦してみた[醤油づくり]。格好がいいからと、(事前に浸水して漏れをチェックして)古い木樽に仕込んだのに、じーんわり漏れていて;;(その時は)失敗したーと全部、土に還してしまった(豆と麦と塩味で、山羊も烏骨鶏たちも美味しそうに食べていた) が。中の方は実はまだ生きていたのか…しばらく庭先からいい香りがしていた。
先日友人が仕込んでいた初醤油!を搾ったのをいただいて、出来上がりの状態などの経過を聞いていくと。やはり、あの時の還した醤油は生きていたことが、明確となり、それならば、また作ってみる価値はある。運良く、今年は白大豆は18キロ収穫できたので、余分もある!玄麦もある!早速 豆麹づくり。をし、醤油を仕込んだ。
味噌の糀が 保温しっかり目の40度キープなのに対し、豆麹は30度キープ、この30度とゆう低い温度が結構難しく、保温すれば上がりすぎるし、高温になって麹菌より納豆菌が優位になって、納豆になったらこまるので、とにかく保温はせずに、麹菌を信じ、じぃっっーくりと温度が上がってくるのを待ってみた。出来上がりが予定よりも遅く、思ったより緑緑しなかったが 出来上がってしまってからの温度がなかなか冷えず、強い菌だなぁと、見えない世界に息づく生命たちを、温度で感じた。
大豆の茹で汁を、仕込み水とし(古式製法とゆうらしい)、味噌用にと思って、友人宅から破格の800円で譲ってもらった大きな甕に仕込んだ。毎日、蓋を開けては混ぜるを繰り返し、ふつふつとか、しゅわしゅわとか、ぽぽぽっ。とか、甕の中から 耳を澄ますと聴くことができる調和音を楽しんでいる。
が。1回作ってみたら、もっと、緑に。もっと、もふもふする。豆麹に出会いたいとゆう欲が出てきて、今季にもう1回豆麹に挑戦、麹菌を頼んでしまった…。次回はみどりで、ふわふわと菌が飛び舞うような、かぐわしの…うるわしの君に出会いたい。

寒波で雪がたくさん降った間が、ちょうど今年の味噌用の糀作りを予定していたので、ここぞとばかりに薪を使い、冷え切った部屋を暖め、その熱でお鍋の蒸気をたくましく噴きあげ、米(ササニシキ五部付き米)を蒸した。
今年は、学校を休んでいたぼくちゃん(産まれて今まで寝込んだことはないので、この日ももちろん元気だが学校に行っていない)が、いたので、糀作りの助手をお願いして、熱々のお米をさっと冷やすのに必要な(簡単だが、結構大事な)うちわであおぐ係を任命した。
ちょうどその日は、学校で味噌作りがある日だったようだが、既に、何度も家で作るのを手伝っている彼は行かなくてもいいか、(と思ったらしい) とゆう気持ちと、みんなにナイロンが配られて、その中で大豆を潰し、糀と混ぜるときいた?彼は、それはナイロンが無駄だ。と言っていて、それも理由、だったようだ。
まぁ、米作りから手伝って、大豆の収穫も脱穀も一緒にしてくれているので、糀作りをみて、実際に仕込んで、10ヶ月越しの味噌作り授業が、完結したのかもしれない。それは人間だけの力ではなく、水や太陽、大地や他生き物、微生物のおかげ様であって、
「生きる」の暮らしは、切り取られた断片ではなく、物語の継続が全てに影響しあっている。ことも、同時に感じてくれていたら、より生きた授業を、生きながら、食べて体得しているはずだ。
糀作りは決してうまくできているとは言えないが、湯たんぽと、人熱を使って、非電気で作っている。米は、手植え手刈りのかけ干し、脱穀は機械。大豆は鎌1本と、足踏み脱穀機、唐箕の人力で出来上がってきたものを、薪ストーブの熱で、両方蒸したり、茹でたりする。そこまでの過程を思い返すと、糀もその道にのっかっていくしかないような気がして、それほど無理なく、結果、できている(とゆうことにしている)。便利にしてゆくことは、案外簡単なんだけどね。
さて。熟成してゆく唯一無二のお味噌ちゃん。収穫からの加工としては終わりだが、熟成としては始まり。いつも思うし、何度も書くが、保存食は時間をまたいで、過去 現在、未来をつなぐ尊い滋養食。私たちが見守っているようで、実は見守られているの…かも。

積雪20ー25センチだろうか、数年前まで(はもっと積もっていた)毎年普通だったその景色も、今では、珍しい風景となり、寒い寒いと、数年前を思えば、本当はそうでもない寒さに一喜一憂している。一喜と言えば、写真のような美しい景色、と。この時期13時前にようやく、杉山の向こうから顔を出す太陽ゆえ、日中は薄暗いが、雪の反射で午前も明るいとゆうところくらいで、寒いのが苦手な私は、ちょっと嫌気もさし怒っている、、かもしれない。(垢ほどの器のわたし…)
先日息子が学校で借りてきた|ぼくの南極生活500日|を読んだが、めちゃくちゃ面白い内容で、自家用に買ってしまおうか、と思ってしまっている。カメラマンとして南極に滞在した著者の武田剛さんは、−20.30度を体感してしまうと、0度になると汗をかいて暑いと感じると書いていて、慣れってすごいもんだ、と感心してしまった。
そもそも、氷の厚さが2000−3000mあるので、高山病にもなるような低気圧で、かつ、寒い。とゆう極地。それでもって太陽が照らない、もしくは照りっぱなしの時間があるような場所で、働く人がいて、集団生活。寒いとか、日当たりがわるい、とか文句言ってる私のように、嫌気をさしたり、怒ったりなんてもちろんの事していられない、だろうし、そもそもそんな性分の人材は選抜されない。はずだ。(みんなの命を危険に晒すだろうし、おそらくすぐ死んでしまうだろう)
そんな本を読んだものだから、自分の至らなさが明快浮き彫りになって、なんだかそんなこともどうでもいいような気さえしてきた。自然摂理の中で、雪は降らなくてはいけないし、雪崩も起きなくてはならないのだ。それが起きなくなった世界、は今よりもっと、怒りたくなって(怒ることすらできない絶望的状況かもしれない)しまう要素が多くなってしまうのかもしれない。
雪が降って、虫や種の種が淘汰され、浸透水になり、海の肥やしになる。山では雪崩が起きて、現状維持できなくなった飽和状態が解放されて、新しい芽吹きがそこにおとづれて、動物たちの餌場になる。人間都合で不都合なこと、が、全てがそう感じているわけではないってことだ。暴力的かつ聡明な自然の摂理、必要で起こる地球全体の微調整こそが、私たちの儚く尊くも数多くの命を、奪うこともあれど、守ってくれている。
ぎしっ、ぎしっ。ぎゅぎゅっ。雪を足裏、特に前側に感じながら、月あかりでぼんやりと発光したように見える雪の中、白い息をまとい、行き着く先は歩いて数分、日常利用している温泉だ。急いで裸になって、どっぷーんと一気に湯の熱さを、冷えた体に染み渡らせたいが、心臓のこともちょっと気にして、じわーじわーっと、水面下に沈んでゆく、まるでゴジラが海に沈んでゆく時のように…。とろけテユク至福感よ…南極生活には、とてつもなく興味はあるが…私には到底無理だ。
と、ゆうか。誰にも誘われてもいない。。

この子たちがお腹を満たせる草があればいい。お日様がたっぷり浴びられる安全な大地があればいい。喉を潤わせられるミネラルの多い水があればいい。暑い日は木陰になる木々があればいい。草、大地、水、木々に必要な綺麗な空気があればいい。物では満たされないことにうっすら気づいた人類も、あればいいのは、きっと、そこだと思う。命が繋がっていく、とゆうだけで、生み出されている魂を揺さぶられる大きな振動、は、私が知っている、の感覚を遥かに超えてずるく、知ってなんかいなかった、分かってなんかいなかった、と思い知らされた何よりも尊い出来事だった。ここに巡りついてしまった以上、巡りつかなかったことには、もうできない。あっとゆうまなのか。しばらく。なのか、誰にもわからない命の時間をどこに捧げてゆくのだろう。

先日、またつぎはぎ作業をしていた。
手織り生地のベストを随分前に買っていたが、最初の浸水で、1回も着ずに思いの外小さくなってしまったので(手織りは時に縮むので注意)、そのままおいていたものと、他の破れたパンツのつぎはぎ。母親が来ていたインド手刺繍のスカートと頂いていたリネン生地とのつぎはぎ。
何個の服が1個になったのかわからないくらい、形を変えながら形になってゆく…
形を変えられたのは…服 それとも私…形になっていったのは…
つぎはぎしたのは私、では、つぎはぎされたのは服なのか私なのか…
迷わないよう、私も一緒につぎはぎすればよかったかな

木。とゆう生き物は大体立体的に、胴体周り全体バランスよく枝を伸ばしてゆくことが多いと思う。メタボなんて気にせず成長し、近所迷惑なんぞお構いなしに伸びたいところへ伸びてゆく。
ま。まっとうな姿。だよなそれが。
フォボナッチだし!(先日息子が学校から借りてきていたキャサリン ジョンソンさんの伝記を読んだ。8?9?歳の頃に、自分で、その法則を見つけていたんだとか…)
が、うちに生えてきてしまった木たちは、敷地が狭いため…メタボを気にしつつ、片側には枝が伸びないように、うちの敷地を超えて成長しては、越えてしまったものには、ボキボキに折られて捨てられる刑(私はボキボキにはしない)が、待っている。
2年ほど様子を見てきたが、これ以上大きくなったら、ボキボキどころが、ボッコボッコにやられそうなので、腑に落ちない気持ちを、もんやり持ちつつ、ただ生きていたいだけの木、を、理由にならない理由で切りたくなかったが、結局伐採した。
伐採後、もちろん薪にはするつもりだったが、もしや、山羊が食べるかも。と、すでに新芽の準備を始めていた木の枝も、幹も、山羊の近くにひとまず置いておいたら、毎日、ショリっ。ショリっ。と音をたてて。下の歯しかない強い顎で、柔らかい皮と、新芽も好んで食べていた。柔らかいと言っても、下の歯だけで、いわば削り食い。これだけ見事に剥ぎ取れるのは、本当に器用ですごいと思う。
木に申し訳ない気持ちがいっぱいありながら、5、6m、幹は20センチほどを、手のこでズーハーズーハーと、音をたてて、さばいていったが、山羊が食べてくれて、なんだか心救われた。報われた、とゆうほうが加害者なのに被害者になれるのか…。
友人が言っていた。生き物たちは、ごはんとして食べて、自然に還りやすい状態=うんことして出してくれて、還りやすいだけではなく、他の栄養にもなるんだから、本当にすごいって。確かに、生きているだけでサスティナブルかつ、食べて出して、死んでのサーキュラーエコノミー。かつてからあって、最先端がすぐここに。

audible もしくはSpotifyを聴きながら、その日の気分のおやつを作る。そんな時間があるときは私よがりの良い日
チャイかコーヒーか、もしくは薬草茶を飲みながら、のんびりしつつ、味見と言いながらボリボリと食べ過ぎ注意。きなこビスケットと生姜スコーン。柚子胡椒クラッカーも作るつもりが、もういっか、となったので今日は2種類。
そんな日は、ゆとりがあるので、必ずミシンか手縫いか、の時間もくっついてくる。布団カバーが破れていたので、足踏みミシンで新しいのを縫い直した。持っていた2枚の布を使った.何かの用途として使われてなかったものを継ぎ合わせて、別のものに作り替えただけ、なので、持っている量は変わっていないのに、妙にすっきりと片付いた感じがして気持ち良い。(常にもっと物少なく暮らしたいと思っているせいか…)
さりげない日常に浸る。つかる、とはちょっとだけ違って、ひたる。
ひたひたに浸って、しんなり。

思い返せば、中学2年生の時だったか…美術の時間に教科書や資料の中から模写をするとゆう時間があって、迷わずダリ。の絵を真似してみた。クラブ活動の時間に美術を選択し(その時の美術の先生が、奇しくも惹かれていたし)またまた、大きな絵を数人で共同で描くとゆう時も、みんなを説得して、ダリ。をまねた(奇妙な、見る人がみたら気持ち悪い絵だった、が、私がなんて素敵なの、と思っていた)
説明できないような世界観と面白さ、気持ち悪さと、独創性を兼ねた、ダリの作品が、その当時から、興味があった、のだと思う。
20代前半、関西に住んでいた時にも数回、ダリ展に1人で足を運び、なんだかよくわからない充実感と妄想と、頭の中の現実が、うにょうにょとマーブル模様になる感覚を楽しんだ。そして、先日、久しぶり大分で開催されていたダリ展へ。
私がダリ。をはじめて意識したのと同じ年頃の長女に行きたいかと聞いてみたら、面白そうだから行く、とゆうので、学芸員さんが説明をしてくれる日と時間を合わせて行ってみた。
学芸員さんのガイド付きって、どんな感じなのだろうと、期待して期待せず行ってみたものの、思っていた以上のお客さんが、その時間に集まっており、驚いた。
時代背景や、説明を入れてくれたおかげで、自分だけで見る好きか嫌いかの視点、とはまた違った見方ができたり、交友のあったピカソの犬が、展示物のフランスパンを食べちゃった話、にプププとなったり、シュルレアリスムの背景、思想も少し理解が深まった。
超現実主義/シュルレアリスム とゆうと、真っ向見える世界だけの話っぽいが、そこをも含めてさまざまな重なりこそが現実であるとゆう意味なのか…精神世界、潜在意識こそが、現実に見え隠れしていて、そこも現実であるとゆう。
フロイトの影響も大きく、絵画、作品、とゆう目に見える形となって、存在と、空の融合がシュルレアリスム、と、とらえた。シュルレアリスムのことを、今更理解して、ダリ(シュルレアリスム協会からは、除名?されたらしいが)に惹かれていた理由が腑に落ちた気がした。
探求しているわけではないが、どうやら私の人生は、小さな頃から見えない何かにとらわれていて、奇人変人な子供だったし、自然崇拝が絶対のような確信もあったり、突然舞い降りた虚無、とゆう言葉。不思議と導かれたヨガと、既にこの道が、じわーっと前に広がっていたようだ。
ちょっと悲観的にもなりがちな現実や、興味だけでは曖昧な誠実度合い、現実では確信つかない潜在意識からの誘惑。そこを、ダリのようにユーモラスに自分自身を表現。できたら、なんと素敵なのだろう。

梅のつぼみはもう春を感じていて、寒さを耐えて待つ、とゆうより、春のおとづれを楽しみに待っている感じがして、写真を撮りたくなってしまった。
おそらく、霜柱ができた土を掘れば、土中ではつくしがスタンバイ、モグラ叩きゲームのモグラように今か今かと、出ても良い機会をうかがっていることだろう。
寒い冬になると、小学生の時、教科書に載っていた、|はるかぜのたいこ|とゆう物語を思い出す。たくさん着込んだ寒がりやのうさぎが、ある楽器屋に行き、寒いならこれを叩いてみたら?と店主の勧められるままに太鼓を叩くたび、暖かくなって、着ていたものをズンズンと脱いでゆき、最後にはこの太鼓をいただいていくわ。とゆうお話。
柔らかなパステルカラーで描かれた絵のタッチと、言葉がリズムよく太鼓の音として鳴り響き、読んでいると、まるで自分も春の野原にいるような心地よい風が吹いている感覚になる、不思議な本なのである。大人になって、古本屋で再会し、迷いなく購入してしまった。
小国に来て、寒い冬から、春のうつろいへの喜び、がこんなにもあるものだったのか、と知った。寒さ厳しいからこそ、暖かくなることを待ち望み、芽吹きや、柔らかい風、陽射しに、心から感謝してもしたりない。と、ただ待ち望んでいるだけで、必ず運んでくれる自然の贈り物の尊さに崇拝する気持ちが生まれてきた。次の春。はいつおとづれるのだろう。待ちどうしい。心体の奥底から。

冬は数日に1回のペースでお焚き上げ。山羊の食べない竹の茎?枝?部分をそのペースでお焚き上げしないと、春先には庭が、巨大な蜘蛛の巣にようになってしまうかも…。試してことはないが、積み上げようによっては、それはそれで、アート、と言ってもいいくらい素敵なものが出来上がるかもしれない。
夕方から始めて、燃えっぷりが安定してきて、太陽が沈み、あたりが藍暗くなったときの炎の妖艶さといったら、うっとりするほど美しい。
地からの空気を吸い込みながら、天に向かって、ごぉーーっとうめき声を上げながら、うねり、からまって、形を無くしてゆくそのさま。を見あげると、儚さと満ちゆく先に、ぽっかりと星空、やお月さんがなんてこない顔して、こちらを見ている。
熱と勢いとが、穏やかで冷静なものに中和されるように、すぅーっと軽やかな空気に変わってゆく。ふと、気づくとあんなに山盛りにあった竹の茎枝たちが、手の中におさまるほどの灰となって、チクチクと赤みを見せつつ、中にはすでに鎮火し、冷静と化している。
見上げたものの先にあったもの、が、足元に戻ってきていた。
お焚き上げ、作業を終えると不思議とすっきりしているのは、心の内を一緒にお焚き上げているから…かな

金曜の朝の庭。天気予報どうり雪が積もっていた。雪が降った日は案外暖かいが、その後、日当たりの悪い家なので、雪が残り、溶け残った雪が再び凍ってスケートリンク化し、ただひたすら底冷えする日がつづく。のがつらい。
雪の日でも山の中に入って、山羊のごはんの竹を切りにゆく。寒いから行きたくない気持ちと、雪の日だから行きたい気持ちとが葛藤する。寒いのがとても苦手なのに、葛藤するのは行った先の美しさを知ってしまったから。
魅了されるその美しさに、身を浸せたい故に、白い息をまとわせて登ってゆくと、そこには、目を見開く世界と、澄んだ空気と妙な静けさ。ホモサピエンスがその白銀の雪に押し入れるぎゅ、ぎゅっとゆうふみしめる音、が、呼吸の音と共に、自分と森に響き渡る。獣の足跡は結構ある。が、人は、おそらく私だけ。ちょっと嬉しくなる。獣の足跡を追って歩いてみるが、行き詰まり、諦めて自分のやるべきことに戻る。
家の裏手、とはいえ、タラタラしてたら手の指先が冷たくなって動かなくなるので、のんびり作業はしていられない。滑らないように、そして危険なことにならないように、いつもより慎重に作業をする。
いのち。は、いつの時も危険と隣り合わせのはずだが、案外日常でその危険を自らのこととして、とらえる瞬間は少ないもので、雪の山に身を置くと、網羅万象だとか、私は誰なのか、環境の問題とか、未来の不安だとか…まぁ、考えてもぐるぐるするようなこと、より、本当に目のすぐすぐ前に自分の意識が迫ってきて、生きているってことが、生々しく感じられる。
そうゆう時って、アドレナリンも、セロトニンも、オキシトシンも、なんだか、じゅわーっと放出されているような感覚で不思議なくらい心身が、ふぅわり軽やかだ。健康感とか、特別なことは必要なくて、おそらく、人、とゆうか、ホモサピエンスは、人間以外の生き物がそうなように、本来は霊的に宇宙の存在と絡み合うことのできる物質なんだと思う。

年末年始に泊まりに来ていた76歳の親友から[モラセス]をいただいた。なんでも体にいいらしいから買ってみたれど、送料の関係で多く買ったから、と。(多く買っても保存できるものだから、そこで、あげよう、と思える親友の思考がかっこいい)
モラセス、聞いたことも見たこともあったが、わざわざ買ったことは無かったので、物珍しいものをいただけて嬉しい。
で…モラセスって、そもそもなんだ…[別サイト参照:モラセス] 色々見てみたが、砂糖を作る際の副産物で、栄養価が高い、とざっくりな説明が多かった。
一見黒糖シロップのようで、もっとどろりと粘性が高く、濃度も濃ゆい感じ。スプーンにのっぺりと乗っけて舐めてみたら、…。あれ、この味どこかで味わったことがある。甘さと苦さとえぐみのパンチがあって、結構クセになる美味しさ。
どこだっけ…いつだっけ…この感覚に触れたのは
あ…20代半ば、小浜島に行ったときに、黒糖工場にふらり立ち寄ってみたら、働いていたおジィが、無造作に手でとって、食べてみ、といただいた、あれだ!出来立てを食べた時の味だ。黒糖は甘いもの、だと思っていたが、出来立ての塊は、まさに、甘み、塩み、えぐみ。がどれも同じくらい舌から伝わって、コクが、鼻から抜けるような。とにかく、砂糖の概念をくつがえされた瞬間だった。砂糖って、こんなにも味があって風味があって、個性があるのか、と。
モラセス。美味しくて、心への喜びと共に 体にもいいなんて、なんと素敵な存在。

そういえば、27あたりから年末年始…ずっと家にいた…ので、お財布も触ることなく、初買い物が今日だった。
めでたく今年初めて買ったもの。が、人生初!購入の、干草25キロ!1980円×お試しの2束
夏の間は、毎日結構な量の草を刈ってきていて、冬の間は、山(放棄の)に入っては竹林の整備がてら竹伐採し、竹の葉っぱをごはんにしてもらっているが、(繊維質で腹持ちはいいそうだが)流石に偏りもあって、自分もたまにはちょっと楽したい時も…それで、
親友から聞いて、それはいいかもと思っていた青みの多い干草を購入してみることに。それが写真の「オーツヘイ」
親友は違う県で買っていて、情報として「オーツA、B」があったと教えてくれていた。まず、電話で近所にそれがあるのか確認したところ、「オーツ…ィがあります」とゆうので「オーツA(お知ってる知ってるAーね!)があるのですね!」と私、相手「オーツ…ィです」「Aですね!」「ヘィです」「……??へ?…」
電波も怪しく、エーと言っているようないない様な、で、へーとも言っているようにもきこえて、へーとかえーとか言ってたけど、もうどうでも良くなって、まず行ってみます。となった。実際行ってみたら、「オーツヘイ」が正解で。いね科えん麦の干草だそう。へぇー!である。
帰って早速あげてみたら、食いつきが勿論のことよく、あげたらあげただけ食べそうな勢いで、美味しそうに食べていた。これを主にするには高価だが、ストックがあるのはとても心強い。人間でゆうなら、乾物や乾麺的な感じだろうか。山羊も竹以外で、喜びがあるが、私も 時には楽できるのは喜びだ。
それにしても。まさか、干草をお買い物する日がくるなんて、人生とは謎だらけである。

今年も娘が、年末年始の七草パック詰めバイトへ。スーパーに出回る前に頂いてきた七草パックは、早々に今日でもなく、粥でもなく、すまし汁に入れて食べてしまった。
ここ3年、同じような内容を書くし思うが、寒い時期に採取したり、年末年始に働いてくれる人たちがいて。スーパーに出回り、無病息災だ、と言って、食すことができるのだから、無病息災以前に、その方々への敬意が圧倒的だな、と感じている。
そんな田舎の七草事業、だが、生産者の高齢化、働き手の高齢化もあって、何箇所かある七草出荷場所で、出荷数を少なくした、とゆう話も聞いた。
摘み草で揃えているわけではなく、生産して出荷しているものだから、そのうち七草って売ってたよねーとなる時代が来るのかもしれない。そもそも、わざわざ七草を育てるなんて!から始まったことなのかもしれないが…
今後は、デジタル七草粥を見ながら、無病息災もあやかれるようになる、のかもしれないね。

オス山羊の立派な角が引っかかってやぶれてしまったズボン。破れるのは日常で、薪に引っかかったり、山の中で枝につかまれたり。
破れても捨てないで直す。ちくちく。ちくちく。そもそもお気に入りだから、直していて、直すとさらに愛着が湧いてしまう。そんな風にやってるから、いつまで経っても捨てるときがこない、
ちくちくして、キルティングのような場所が増えてきたら。防空頭巾にのようになってきた、と独り言を言ったら、隣で娘がボソッと、強化されていい。と言った。その昔、破れてなくても、ちくちくと縫いまくって、生地を厚くしたそうだし、背中や、見えないところに、ちくちくと刺繍を施し、お守りとしたそうだ。
時間が紡いで織り成して、お守りになるなんて、なんと粋なことか。貧乏精神も貧乏神!のご加護である。

|初夢|をchat gptに読み解いてもらった。占星術も運勢も風水も、統計学的なものは、人間がするより安定かもしれない、
アナコンダ、森、中国、猫、息子、をキーワードにきいてみたところ…
1. アナコンダ: アナコンダは大きな蛇で、通常は強力なエネルギーや圧力を象徴します。夢に現れることで、何か重大な問題や制約、または感情的な圧迫を感じていることを示唆している場合があります。
2. 森: 森は未知の領域や潜在意識、精神的な成長を意味します。進むべき方向が不確かで、迷いがあることを示すこともありますが、一方で深い学びや洞察を得られる場所としても解釈されます。
3. 中国: 中国が夢に登場する場合、文化的な影響や広い視野を意味することがあります。また、ビジネスや対人関係における「遠くに広がる可能性」を暗示することもあります。
4. 猫: 猫は独立や柔軟性、直感を象徴します。猫が夢に登場することで、自己の内面や本能的な部分への目覚めを意味する場合があります。また、猫は一般的に女性的なエネルギーや神秘性を表すこともあります。
5. 息子: 息子は、自己の一部や未来、またはあなたが大切に思っているものを象徴することがあります。息子が登場することで、あなたの家族や次世代への責任感や愛情が表れることもあります。
総合的な解釈
この初夢は、あなたの人生における大きな変化や重要な決断を示唆している可能性があります。アナコンダは圧力を感じさせる一方で、森や猫、息子はあなたの内面の成長や直感、未来に向けた指針を示していると言えます。中国という文化的な要素は、視野を広げる必要性や新しい挑戦への呼びかけを意味しているかもしれません。
夢占いの解釈は個人の状況や感情に大きく影響されるため、これらの象徴がどのようにあなたの現在の状況と結びつくかを考えると、より具体的な解釈が得られるでしょう。
だそうな。
やっぱりこうだとか、つなぎ合わせなくてもいとは思うし、こう聞くとつなげたくなるような気もするが、ただ無意識で見た夢の意図、を探ってみるのもなかなか面白かった。奇抜でかつ圧力脅威もありつつ、成長広がりも期待できるアナコンダ年。たのしみ。
写真は夏に訪れた高知の四万十源流の森

さて、普段、夢は見ているのか見ていないのか、目醒めても覚えていないことがほとんど(眠ったら気づくと 朝とゆうこと)。
なのに、昨日、今夜の夢は…|ひよこで埋め立てられる夢|とか書いたからか、珍しく夢を見てしっかり覚えて目が覚めるとゆう、これが初夢だ、間違いない。とちょっと嬉しい朝だった。
本当の話で、夢の中の物語。初夢は、なんと蛇のアナコンダ!が出てきた。2025年マスコットキャラクターで賞を総ナメだからか、とにかく、巨大な方の蛇アナコンダさん登場。
息子と猫と、中国の山道を歩いている、中国に行ったこともないのに、絶対的な確信でそこは中国のとても綺麗な山奥、どうやら歩いてしか通れない、しかも、生活に密着した山道らしい。しばらく歩いていると、50mはあろうかとゆう巨大なアナコンダが道に寝ていた。が、もちろん襲ってくるわけで、必死に逃げるも猫だけ飲み込まれる、が、すぐ吐き出され、逆モヒカン状に頭から背中真ん中の毛だけがなくなった状態で、なぜか、生きて出てきた。
とゆう、ホラーとファンタジー、ドキュメンタリー要素もちょっとあるモノガタリなんだけど。まず、確信した中国の景色、(山の郵便配達とゆう映画がまさに思い起こされる:理想郷であり素晴らしい映画) 見たことあると思ったアナコンダ(中国にはいないはずだし) しかも50m、胴回り2m ってありえるのかと調べたら、最長でそれくらいらしい。は、潜在意識に残っているのか、出会ったことがあるので、夢といいつつ知っていることだったのか…
吐き出されたねこが、なぜ、背中真ん中が毛がなかったのか、はおそらく避妊手術の写真をみて、おなかあたりの毛が剃られているのを見たから、なのか…
夢は計り知れない時間の滞在意識の総集編、なのかもしれない。
アナコンダ、からまだアイデア湧いてこないけれど…。

お隣さんの娘さんがお正月に帰省してきていて、お土産にひよこちゃんをいただいた。自ら買ったことは1度もないが、数年に1回くらいのペースで、このひよこちゃんは、どこからともなくやってきてくれるのだから、永らく愛されるお土産界のスターなのだろう。
愛らしすぎるので、息子は、あー可愛すぎて食べられない、っと言いながら、すぐさま!パクッと噛み付いていて、ねこがねずみをとらえたようで、おもしろかった。私も毎度、どこから食べるか、頭か、胴体か、おしりか、で迷う。
可愛さゆえ印象にも残るこの形。は、2代目店主の石坂茂が「大勢の人に愛される、従来の丸い形ではない饅頭を」と考えて悩んでいた時に、自らがひよこで埋め立てられる夢を見たのがきっかけ、という。……自らが…ひよこで…埋め立てられる…夢…‼︎⁈!アイデアは思いもかけぬところからやってくるのだな。今夜の夢がもしかしたら…

外でも家の中でも大差ない隙間だらけの家でも、(以前は隙間から粉雪が家の中に舞ったことが…) 湯たんぽ入れてお布団かぶれば、なかなか快適に眠ることが出来るのだから、湯たんぽってすごい。そしてあたたかいって最高。
以前は足先に硬い素材の湯たんぽ1個だったけれど、この小さなやわらかシリコンゆたんぽはなかなかにくい。小さくていいのは、少しのお湯があればいいところが使いやすい。私は3個使いがお気に入りで、足先、お腹、胸腺の3箇所に乗っけて毎日安眠。柔らかさが優しく身体にも寄り添ってくれる。
買うまで、ものすごく渋ったくせに(ゴミになる可能性大かな…とか)今じゃ、神様のようにあがめる存在、湯たんぽさま。古い家には、きっとトイレの神様、湯たんぽの神様。雨漏り時のトタンのバケツの神様。3人が仲良くしていると思う。