
寒波で雪がたくさん降った間が、ちょうど今年の味噌用の糀作りを予定していたので、ここぞとばかりに薪を使い、冷え切った部屋を暖め、その熱でお鍋の蒸気をたくましく噴きあげ、米(ササニシキ五部付き米)を蒸した。
今年は、学校を休んでいたぼくちゃん(産まれて今まで寝込んだことはないので、この日ももちろん元気だが学校に行っていない)が、いたので、糀作りの助手をお願いして、熱々のお米をさっと冷やすのに必要な(簡単だが、結構大事な)うちわであおぐ係を任命した。
ちょうどその日は、学校で味噌作りがある日だったようだが、既に、何度も家で作るのを手伝っている彼は行かなくてもいいか、(と思ったらしい) とゆう気持ちと、みんなにナイロンが配られて、その中で大豆を潰し、糀と混ぜるときいた?彼は、それはナイロンが無駄だ。と言っていて、それも理由、だったようだ。
まぁ、米作りから手伝って、大豆の収穫も脱穀も一緒にしてくれているので、糀作りをみて、実際に仕込んで、10ヶ月越しの味噌作り授業が、完結したのかもしれない。それは人間だけの力ではなく、水や太陽、大地や他生き物、微生物のおかげ様であって、
「生きる」の暮らしは、切り取られた断片ではなく、物語の継続が全てに影響しあっている。ことも、同時に感じてくれていたら、より生きた授業を、生きながら、食べて体得しているはずだ。
糀作りは決してうまくできているとは言えないが、湯たんぽと、人熱を使って、非電気で作っている。米は、手植え手刈りのかけ干し、脱穀は機械。大豆は鎌1本と、足踏み脱穀機、唐箕の人力で出来上がってきたものを、薪ストーブの熱で、両方蒸したり、茹でたりする。そこまでの過程を思い返すと、糀もその道にのっかっていくしかないような気がして、それほど無理なく、結果、できている(とゆうことにしている)。便利にしてゆくことは、案外簡単なんだけどね。
さて。熟成してゆく唯一無二のお味噌ちゃん。収穫からの加工としては終わりだが、熟成としては始まり。いつも思うし、何度も書くが、保存食は時間をまたいで、過去 現在、未来をつなぐ尊い滋養食。私たちが見守っているようで、実は見守られているの…かも。