
数年の時を超え ライ麦の種がライ麦粉となって帰宅
数年前に分けた種から育ててくれた友人 そしてそこから2年熟成されて やっと粉になったらしい
種を分けた数年前は パン作りは適当な私には到底無理!と思っていたのに 数年経って帰ってきた今は うまくできるとかは別話でとにかく自分が食べるパンは作るようになっていて 帰宅したライ麦粉をパンにして その半分をまたまた友人宅へ奉公に出した
それこそ去年だったか一昨年だったかに同じ友人から譲ってもらった唐辛子の種から育てた青唐辛子で今度は私が柚子胡椒作って|柚子胡椒の話はここ|またまた あちらに帰宅していって 行ったり来たりしてることを考えた だからどっちがあげてどっちがもらっているのかすらすでにわからない…ような状況で
そしたら そもそも種 は 自分たち[人間)が]出所ではないことに気づき 大いなる宇宙の思い召されるままに 自分たちが動かされているだけかってことになって あっちにいったりこっちにいったり 形を変えながら 物々交換やってるだけなのに なぜか潤ってるお互い…を思うとそもそも そうゆう仕組みで作られているだけだった…ってことで
ギフトエコノミーが当然の如くとして日々にあることはとても喜び深く 何かしらの形になってギフトされ続ける毎日 もまたまた感慨深い