今回の出産は本当に穏やかに、そしてとても自分の身体の内部に敏感に出産できたと思う。
とゆうのも、助産師さんが間に合わないこともあるくらいだったので、自分で産もうとゆう心構えとゆうか、意気込み?とゆうかがあったせいか,2日前には義理妹の結婚式に福岡(片道2時間)まで行くときも、車でも産めるように一応バスタオル持って行ってたくらい(ちなみに予定日3週前には子宮口3cmすでに開いてた)

↑産まれてすぐ「絵描いてくる」っと当時5歳の長女あも画伯。
おんくんの絵です。そっくり
前日:そろそろな氣がしたので、あもの出産時に着たワンピースをお風呂上がりにきてみる。と、不思議!
当日:am2:30トイレで身が覚めるが、何かお腹の具合が違う。おや?陣痛か?と経過をみること1時間、やっぱり陣痛だわと時間が経過。am4:30思ったより早く間隔が迫ってるので、助産師さんに電話。
ワンコールででてくれて「はい。すぐいきます」と。こんな時間なのにプロってさすが!..と思う。
電話をきってからお米を炊いたり、いつもの朝やることをする。am6:00なぜか庭の散策、最終畑チェック(しばらく見れないので、草取りやら)で、インゲン豆採取。6時過ぎ助産師さん到着。速っ!!普通なら2時間かかるところを、1時間15分で来たらしい。プロってすごい。マッハゴーゴー。サンダーバード!
助産師さんが来てもそれほど陣痛が強くなくて、庭や家の中をうろうろ。ただうろうろ。今から思うととても動物的な動きだと思う。そわそわとゆうか、ただうろうろ。助産師さんはそんな私を余計に声かけることなく、ほったらかして、読書して時間つぶししてくれてました。
am8:00過ぎくらいから、すこーし陣痛が強くなり始める。それでも自分で呼吸を整えてまだまだ耐えられるので、合間合間に普通のトーク。am9:00くらいから強くなり始める。いい具合にほっといてくれて、自分の好きなように静かに呼吸させてくれていた助産師さんたちが、いよいよ動きだす。
いいタイミングでそこそこ〜とゆうところ、腰や骨盤骨沿いにさすってくれて痛い時に気持ち良い。いよいよ強くなってきて、呼吸で痛みが逃せなくなってきたam9:30「もう、そこに頭あるよ」と助産師さん。
夫とあもさん頭を触ってみる。破水してなくてギリギリまで膜に包まれて羊水と一緒にでてきてたので、助産師さんがパチンと弾くように(したらしい、後日あも談)破水。
何度かの痛みが経過し、もう次のいきみで終わりとゆうのが自分で感じたので、頭がぐぅーっと子宮口を通っていくのを感じたあとはできるだけ力を抜く。と、ちゃーーんと赤さんが自ら回転して、ぷにょ〜んとぅる〜んとでてきてくれました。それを立ち膝の姿勢で自分で取り上げることができました。
あもさんは始終みておりまして、痛みを逃している時にちょろちょろぺらぺらしゃべってるときは、さすがに私が集中できなくて隣の部屋に行って!とお願いしましたが,,最後はvipなところで、ずっと助産師さんに説明受けながら、生命の誕生見学。血もでるし、大人がゆうとグロテスクな場面でもあるのですが、こどもにはそんな感情一切ないようで、どうやって産まれてくるのか、自分の性器のある場所と意味などなど、出産を見て色々感じたり思ったり、なるほどと納得したりがあったようです。
夫は私が陣痛初期はせっせと掃除洗濯してくれて、あもの遊び相手。途中痛みが強くなってからは私が膝立ち、で彼に肩を貸してもらうので、抑えられる、基、抑え込みされる役目で、相当痛かったと思います。。が、あんまりすんなり産まれて、産んだ後も私の氣力があることに、5年前とはちがうねぇと言っておりました。
寝ころんでしばらく抱っこしてるうちに、まだ体内ある胎盤から血液がへその緒通して赤さんに必要な分送られます。ドクンドクン脈打つへその緒が静かになったら、へその緒を切って、胎盤をとりだす。
胎盤もドゥるんっとでてくる。前回もおもったけれど、すごい迫力があります。命を繋ぐ重大任務を終えた胎盤様。写真をあえてのせます。見たことない人多いから。白黒でね。平均500gで私のは600gくらいあった。おんくん大きく産まれたからね。

そして、今回の出産ミッションのひとつ「胎盤を食べる」実行しました。夫がプジャ(インドのお祈り)してから切って焼いてくれました。見た目より、すかっとしたスポンジ状で、うーー・・ん微妙な食感、お味。ベジタリアンの人が出産後胎盤を食べてこんなに美味しいのは食べたことなかったとゆう本を読んでから、5年前にも実行しようとして、やっぱいっかとなったことを後悔していた私でした。ま、百聞は一見に如かずですね。カニバリズムとも言われるので、おおっぴらにはタブーなのかも?胎盤の写真も載せたらタブーなのかも?…ま。いっか。
数年後に書き足し↓
静かに待つお産。がこれほど、気持ち良いものと思っていなかった。
お産=痛い。鼻からすいか伝説があるが、それも本当かもしれないが、絶対でもないと思う。
自身の出産後 数年後にヤギや猫の出産を見る機会が増えた。が、何と、静かに産むことか。
そして、なんとうまく子育てしていることか。
自分のお産の前に 是非ともみておきたかったと思った。
情報ではなく本能で産める体を そもそも持ち合わせていること。すら忘れながらの出産だったことに、気づいた。
命は尊く儚く神秘であること。産んで数年後にやっと気づいた。