
冬は数日に1回のペースでお焚き上げ。山羊の食べない竹の茎?枝?部分をそのペースでお焚き上げしないと、春先には庭が、巨大な蜘蛛の巣にようになってしまうかも…。試してことはないが、積み上げようによっては、それはそれで、アート、と言ってもいいくらい素敵なものが出来上がるかもしれない。
夕方から始めて、燃えっぷりが安定してきて、太陽が沈み、あたりが藍暗くなったときの炎の妖艶さといったら、うっとりするほど美しい。
地からの空気を吸い込みながら、天に向かって、ごぉーーっとうめき声を上げながら、うねり、からまって、形を無くしてゆくそのさま。を見あげると、儚さと満ちゆく先に、ぽっかりと星空、やお月さんがなんてこない顔して、こちらを見ている。
熱と勢いとが、穏やかで冷静なものに中和されるように、すぅーっと軽やかな空気に変わってゆく。ふと、気づくとあんなに山盛りにあった竹の茎枝たちが、手の中におさまるほどの灰となって、チクチクと赤みを見せつつ、中にはすでに鎮火し、冷静と化している。
見上げたものの先にあったもの、が、足元に戻ってきていた。
お焚き上げ、作業を終えると不思議とすっきりしているのは、心の内を一緒にお焚き上げているから…かな