
金曜の朝の庭。天気予報どうり雪が積もっていた。雪が降った日は案外暖かいが、その後、日当たりの悪い家なので、雪が残り、溶け残った雪が再び凍ってスケートリンク化し、ただひたすら底冷えする日がつづく。のがつらい。
雪の日でも山の中に入って、山羊のごはんの竹を切りにゆく。寒いから行きたくない気持ちと、雪の日だから行きたい気持ちとが葛藤する。寒いのがとても苦手なのに、葛藤するのは行った先の美しさを知ってしまったから。
魅了されるその美しさに、身を浸せたい故に、白い息をまとわせて登ってゆくと、そこには、目を見開く世界と、澄んだ空気と妙な静けさ。ホモサピエンスがその白銀の雪に押し入れるぎゅ、ぎゅっとゆうふみしめる音、が、呼吸の音と共に、自分と森に響き渡る。獣の足跡は結構ある。が、人は、おそらく私だけ。ちょっと嬉しくなる。獣の足跡を追って歩いてみるが、行き詰まり、諦めて自分のやるべきことに戻る。
家の裏手、とはいえ、タラタラしてたら手の指先が冷たくなって動かなくなるので、のんびり作業はしていられない。滑らないように、そして危険なことにならないように、いつもより慎重に作業をする。
いのち。は、いつの時も危険と隣り合わせのはずだが、案外日常でその危険を自らのこととして、とらえる瞬間は少ないもので、雪の山に身を置くと、網羅万象だとか、私は誰なのか、環境の問題とか、未来の不安だとか…まぁ、考えてもぐるぐるするようなこと、より、本当に目のすぐすぐ前に自分の意識が迫ってきて、生きているってことが、生々しく感じられる。
そうゆう時って、アドレナリンも、セロトニンも、オキシトシンも、なんだか、じゅわーっと放出されているような感覚で不思議なくらい心身が、ふぅわり軽やかだ。健康感とか、特別なことは必要なくて、おそらく、人、とゆうか、ホモサピエンスは、人間以外の生き物がそうなように、本来は霊的に宇宙の存在と絡み合うことのできる物質なんだと思う。