
自家用分のお米を育てている。人口3000人ほどの離島の田舎に実家がある私でも、子供の頃、近隣で田んぼはなく(塩害があるからなのか?!)、意識して秋に黄金の田んぼを見たのは、高校生になってから。と、ゆう、ド!素人が半人前に。である。始めてから5年目?くらいなのだが、6月に田植え終わり、7月が田んぼの1番大切な時期。草取り。耕しは機械(と言っても手押し)、その後手植え、手刈り、掛け干しまでして、そこからまたまた機械で(と言っても、またまた懲りずに手で入れて)、脱穀まで。ここまで、手作業は好きでないと、そして、ちょっとバカでないと!笑。できないはずで、近所の農家さんからしたら、暇だからできるんだ。とゆう見解になる。暇=時間は、作るもんで、誰も暇はない。と思っているが、そこは価値観の違いだし、ヘラヘラと暇なことにしている。なので、7月は暇な私が、田んぼにしょっちゅういて、合鴨のように田んぼにいるな、と言われているわけだ。
無肥料で、除草剤も使わない方法を今は選んでいるので、植えるより、刈るより、間の草取り。が1番サボれない、そして大切な作業になる。稲を育てたことない方は、さっぱり意味がわからないだろうが、(私もそうだった)、植えたっぱなしだと、草ボーボーになって稲は存分に力を発揮できない。植える、とか、刈り取るみたいなイベント的に光が当たったスポットはよく知られているが、縁の下の力持ち的な、コツコツ努力派的な、光の裏の影。が、最後、大きな光を浴びる喜び、むしろ光と影の共鳴!ときたら、結構癖になるものだ。これを、すきもの、とゆうのか、やはり、バカとゆうのか。
草取りをしていて、今年気づいたのだが、離島で育ったので、海が好きなのに、現在は山に住んでいることが、夏になると物足りなさを感じているのだが、海も好きなのだが、水がすきなのだ、と気がついた。すでにこの時期の田んぼは、生ぬるく、真夏のプールのような感覚なのだが、素足で入っているとそれがなんとも気持ち良いこと。年々体力がついていて、初めて草取りしたらすぐ坐骨神経痛にでもなりそうな中腰で、何時間も草を取っている私。一見大変そうにみえて、本人、めちゃ快!な状態なんて、信じられないだろう。44歳、暇な私は、田んぼでハイになって、泥どろで、にやけている。そうゆうわけで 草取りは結構、大変なのかもしれない。
大きな田んぼが無理でも、昨日の チャワンバス じゃないが、お鍋のような小さな容器を使ってベランダで田んぼ体験はできる。右のお鍋は、去年もこのお鍋で育った稲を今年も直播して育ってきたもの。左のバケツは、そもそも育った苗を植えたもの。それほど大きく太ったりしないが、ひょろひょろながらに、ちゃんと稲になって、収穫できるので、毎日食べるお米の生涯を自分で。の一見の価値あり。都会の人にも、自然への敬意[どこでも田んぼ]おすすめ!