日々淡々

朝起きて 家の掃き拭き掃除をして ヨガをして、畑や田んぼに行ってお手入れしてアースさせてもらって、昼からイビツでもいい 砂糖なしへっぽこ家菓子を作って、落ち着いて これまたへっぽこ自家焙煎珈琲をいただく。こんな日は本当にいい日だなあと思う。夜ヨガのクラスがあるときは基本的にざわつく感じにならないように 人に会わないし、家にいて、自分の1番心地よい探し。今日は最高の充電ができてる。日々淡々。

ぬか漬け

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最近。ぬか漬けを毎晩食べています。部付きのお米とおみそ汁、ぬか漬けだけで充分な気すらします。いや、きっと充分です。ぬか漬けのお手入れ法がいまいちだったのですが、このサイト→を見つけて実践してみたら、あれよあれよと匂いもよくなり酸味もいい塩梅で美味しいぬか床になりました。

分球玉ねぎ

分球たまねぎ2020

先日おったまネギ!ました。玉ねぎの種を取ろうとおもって植えていたものがぐんぐん大きくなって、結局種とれず、さて、どうしたもんかと雨の合間にひいてみたら、玉ねぎひと玉が分球して、まるでにんにくのように、いや、らっきょうのように増えてるじゃないの。だいたいの野菜は種取りして ほそぼそと継いでいるのだけど、玉ねぎはどうも難しくて、いつも苗を植えていました。だけど!分球方式でできるなら ものすごい私の気持ちもかろやか。たしかに。球根として、玉ねぎをみるとそうよね、そうよね!とネットで調べてみたら、分球方式が主流な国もあるようで、ポテトオニオンとゆう品種は分球するたまねぎらしいけれど、あまり出回ってなく、ひとつの大きな球根を育てる方式から 原種帰りさせると分球玉ねぎが可能になる。との情報も。この感動は伝わりにくいだろうけれど、すんごい感動とともに、すんごい大発見でした。この玉ねぎ、また植えてみよーっと。大きくて丸いのが玉ねぎだって思い込んでたけど、きっと違ったんだな。

麦脱穀の舞

麦脱穀

なんですか、これは。と思う人、笑っちゃう人、いるかもしれませんが、本人、大真面目に、大豆と麦の脱穀は、足踏み脱穀機でやってます。そして助手のぼっちゃまがすごく働きます。回すタイミングも、足踏みも、しかも4歳なのに、足踏みしながらちゃんと麦持って脱穀できてます。体幹鍛えられるわぁ。友人がトランポリンくれるって言ってたけど、この動画を送ったら、トランポリンより楽しいそうやん。って返事がきました。ほんまやん!おんなじようなもんやん。

手を使って鍬で草を刈る、足を使って脱穀する、口で竹筒吹いて火を起こす、時間はかかるけれど、電力では味わえない尊さと時間の流れが人力にはあります。体の使い方、呼吸の仕方、そこから気づくことも多々。もっともっと自分とゆう道具を使って生きたいな。

命の記憶がつまったお塩

はやさきお塩

天草のはやさきとゆうお塩を使わせてもらっています。天草の塩づくり見学のたび

粗塩なので、すり鉢で ごりごりしてから料理に使います。電動ミルとか、フードプロセッサーとかあるので、すり鉢ってだんだん使われなくなって、みんながいらなくなった物が集まってくる我が家、うちには巨大なのも含め5ー6個?もっとか?沢山あります。

ゴリゴリ。。

なんともこの時間が、大切です。完全天日で時間をかけて作られたお塩をちょっと手間かけて小さくすりつぶすと、空気と塩が混ざって、ほんわりします。粗塩の角ばった結晶がうそのように丸い性格になるように。自分で選んでるから 愛着も勿体ないと思う気持ちも、美味しいも 大切な心も、塩一粒が、ありがたいありがたい、だけです。天から降った水が川になり、通ってきた土地の記憶と世界に繋がる海の記憶、が凝縮された塩は 命の記憶が詰まってる。と思います。みなさん、減塩とゆうお塩は敵だとゆう洗脳から外れて、大切な塩、命のお塩。をみつけましょう。もちろん食べすぎは注意。

小麦刈取|2020

もち大麦 農林61 ミナミの香り|2020

刈取時期を田植えの前か梅雨に入る前かが微妙で結局、梅雨の晴れ間に急いで刈取ました。初めて作るので、いつのタイミングがベストなのかが、わからなかった、、。本来なら一人で充分できる範囲の小さなところなのですが、お友達にお願いして、ガッと収穫。でもまた雨に濡れなくてよかった。昨夜の強い雨だと倒れていただろうな。来年はもうちょっと先を見越して 収穫しないと、だな。ひとつづつ、ひとつづつ、やってわかることがあります。さて、田んぼ草取りの合間に、大豆の種まき(緑と黒は済んだ)と麦の脱穀。梅雨の間にびょほーんと伸びた畑の草取り。来週は忙しいな。

 

桑

今年は桑の実、大豊作。梅雨に入る前にたくさん採ったけど、まだまだ色づいてきてる。残念ながら、雨でぐにゃーにょーっと腐ってるのもあるけれど、まだまだとれるかも。ジャムにしても結構あったので、残りは桑酢に挑戦のつもりです。葉が元気な時に染色すると綺麗な黄色になるので、剪定したら、お茶と染めに使おうかな。

野いちご

野いちごマフィン

野いちごのじゃりじゃりした種が歯ですりつぶしたいのに、小さくてすりつぶせないのが気になるのですが、私だけかな。野いちごのジャムが余ったので、マフィン風にしてみたら、これが美味しかった。いつもの、薪ストーブ炉内残り熱オーブン。どれくらい熾オキを残したら熱くなりすぎないのか、なんとなくわかってきた。

どくだみ

どくだみ6/3/2020

毎年、ドクダミの葉を干して、蓬やすぎな、ビワの葉 桑の葉などとブレンドして、お茶でいただきます。花が咲く頃が取り頃だそうで、最近うちのまわりではようやく白いかわいい花が咲き始めました。どくだみは 蚊やブトに刺された時にも大活躍。葉っぱを揉んですりこんでおきます。うちは冷蔵庫はないけれど、お隣のおばちゃんは冷蔵庫の脱臭にいいと摘んでいきます。ほかの人には草に見えても、私にとっては春から夏にかけてなくてはならない 生きている薬なのです。

取り方干し方、いろいろあるようですが、私なりにルールを決めていて、薬草を採らせてもらう時間は朝露がある時間帯にして、洗わないで、ちょっと天日、それから 基本影干しして、ゆっくり乾かします。摘むところは新芽付近、で、数日たって出てきた新芽を摘みます。

洗わないのは、自然の菌をそのままつけていたいから、なので、朝露で洗われた時間なのです。朝露が葉についている小さな草たちは、とても美しく、太陽の力をいっぱいあびてさぁ、伸びるぞとゆうパワーがすごいです。

少しづつ摘んで乾かして、1年間味わいます。

 

雉の卵

雉の卵2020

なんでもお下がりが回ってくる家なのですが、今回のいただきものはちょっとおもしろい。なんと雉であろう卵。知ってる、と言っても2回ほど会ったことある、うちに烏骨鶏がいることを知っているおじちゃんが、山で多分、雉の卵、とやらを見つけたので、あんたんとこの烏骨鶏に抱かせてみない、と持ってきた。その数14個。しばらく烏骨鶏に抱卵させてなかったのだけれど。獣に襲われたりして、メスが少なくなたので、今回は多めに抱卵してもらいたいと思っていたところ、、14個も卵がきてもーた。きてしまったものはしょうがない。抱卵している子の下に入れてみたものの、卵、はみ出る。いかん、これでは雉ばっかり孵る可能性もあるし、冷たくなったりうまくあたためられず、どれも孵らない可能性もなきにしもあらず。烏骨鶏は21日、 雉は23–25日の温めで雛になるらしい。

ひとまず、どうなることやら。田植えと麦刈り、畑の草とりに梅がそろそろ、よもぎオイルもつくりたいし、コロナニートでのんびりしてたのに、6月からヨガも始まるし、もちゃもちゃ考える余裕がない。もう烏骨鶏にお任せだ。

なるようになるだろう。

雉がもし孵ったらたら、どうしよう。先のことはさきに 考えるか。

いや、そんなことでは先に困るのではなかろうか、、。でも、庭に雉がうろちょろしてるんなんて、素敵だよなぁ。でも山に返すほうがいいだろうなぁ。あーもちゃもちゃ、頭の隅っこにずっと、もちゃもちゃ、、もちゃもちゃ。。。。雉の卵でもないかもしれないし、、。もちゃもちゃ。

my ishiusu

 

my ishiusu

ふふ。ほほ。へへへ。見るたびにニヤける石臼くん。

電動石臼借りて 使ってみていたんだけど、どうやら、私は電動じゃない方が良さそうだとゆうことわかって(だいたい電化製品はありえないくらすぐ壊れてしまうし..)使っているうちに、サイズもこれくらいのかな?絞れてきた。「自分1人で持ち運び動かせて、日常に使える石臼」とゆうのが私が欲しいもの。とゆうことが、借りてみて、実際に使ってみてわかったので、それを探すも、なかなかこれ!と思うのがなくて、京都で石臼を何ヶ月かで自作するとゆうお店を見つけて、通おうかとも思っていたが、かれこれ、探し始めて1年ほど、、。やっとこれがいいかも。な石臼くんがありました。

重さ20キロちょっとで、すいすい動かせて、上下とも丸洗いも可。

早速挽いてみたら、問題なしの粉具合になって、石臼回す時間がたのしみたのしみ。珈琲の焙煎と同様に、くるくるしていたら、心地よい眠気がくるのは、ゆっくり回して、ゆっくりした音とゆっくりした呼吸になるからかな。体の真ん中も整えつつ、脳内も穏やかに。そして粉挽きまでと、ありがたい道具にまた恵まれました。

小麦のこと

まみパンへの道のりは遠い

こんなパンが焼きたい。夢ばかり膨らむけれど、すぐ近くに焼いてくれる人がいるので、自分に甘えて、パンを作る。のパの字も自分で作ろうとしなくなってしまっている私。いかんね。へっぽこでも、やってないと、いざ出陣(どこへ…)はできない。

あるブログで、小麦粉のグルテンについて書かれていました。グルテンフリーグルテンフリーゆうてる人がおりますが、健康思考の方に多くいる?私はそうかなぁと思うところ。あまりにタンパクが多い外国産の小麦は わかるんですが、小麦粉全てに罪を被せんでいんじゃないかと。日本はうどんやダゴ、お好み焼きに回転焼きなどの文化もあるわけで、昔からある食材ですからね。たとえ国産でも、遺伝子組み替えされていない小麦粉はほとんどないにせよ、です。そのブログには、小麦粉が機械の発達とともに、食感重視になって、あまりにも細かく粉砕できるようになりすぎたことで、小麦特有の油や水を吸い上げる吸収率まで上がってしまったゆえに、腸に負担がかかってしまっている、とゆう記事。

これを読んで腑に落ちた私。なるほど。たしかに、石臼で実際挽いていると、そこまで細かくするには、根気もいるけれど、それ以上、には細かくできないのです。でも、食べてみると風味があって、少々荒くても、よく噛んで(これも大事なことかも)そんなもんだと食べられる範囲。

となると、やはり小麦は栽培して、石臼で挽くべし。とゆうところに再着地したわけです。

勿論、自家用だからこそできる量と手間、その質を保てるのだけれど。

とゆうことで。随分悩んで探していた自分の身の丈にあう[石臼]が見つかりました!

つづく

薪ストーブ炉内オーブン

薪ストーブ内で米粉マフィン

薪ストーブの中であーでもないこーでもないの実験。米粉マフィン。オーブン付きのストーブもあるけれど、うちのはただのストーブ。だけれど、炉内は少しの薪でオーブン化。微妙な火加減と熾加減。あれやこれや考えてると脳内活性化。冬はぼうぼう燃やして、暖をとりつつストーブの上がオーブン。夏は少し燃やして炉内がオーブン。薪ストーブ様。油を塗ってメンテナンスしてあげました。そしたら黒光りして格好がよくなりました。なんでもメンテナンスは必要だな。

ネルドリッパー

ネルドリッパー

本を見て作ってみたかった ネルドリッパーをやっとこ、昨夜ちくちくと作りました。「ふっくらおっぱい」と説明されていたとーり、たしかにふっくらおっぱいに仕上がった*かわいい。

道具は機能美も勿論ありますが、少し不便でも ちょっとブサイク不恰好だったり 錆びだったり、通年経過してでてくる 変化があるものがすきです。ネルは冷蔵庫で濡れたまま保管がきっと基本なのでしょうが、私は冷蔵庫を使いませんので、適当にその辺にかけておく大雑把なのですがね。さて、使ってみてどうかな。

烏骨鶏

烏骨鶏とこしあぶら

先週。烏骨鶏を絞めるのに、21歳女子♡ピチピチの先生にお願いしました。彼女は高校が農業科で毎週20羽を4人くらいで絞めていたそうです。卒業して以来の久しぶりで、できるかなと思ったけど、 体が覚えていたそう。なんとも手際よく そして綺麗にさばいていきました。自己流でやっていた私は、細かいところ、大きなところ、たくさん あーこうやって!!とゆう要点がたくさん解決できて、見せてもらえて本当にいい経験ができました。内臓を開けたとき、「内臓がすごく綺麗ですね」の一言がすごく印象的でした。たしかに、学校のレバーは美味しくないとゆう娘も レバーはあんまり美味しいものじゃないとゆう記憶にある私も烏骨鶏のは美味しいと思って 自分から進んで食べられるのです。食べ物や 暮らしている環境、でそれほどまでに内臓が変わるのかと 知ると、 自分にも置き換えて考えてしまいました。

この日は こしあぶらも頂いたので、烏骨鶏づくしに こしあぶらの天ぷらと なんとも贅沢な食卓でした。一緒に 烏骨鶏の解体をした 娘の同級生と弟くんも ぜひ食べて欲しいと思って、夜ご飯まで一緒に。最初、可愛そうとかやーやー言っていた子も、いざ肉になると美味しい!!!!と感動していました。

骨で3回くらいだしとって 身も全部食べて 残りの骨は犬にあげる予定です。もう完全に食べてあげてこそ、生きているものを殺してまで食べる意味があると思います。

殺して食べる度においしさ大発見。それから 命と共にある人間の存在価値を考えます。

|写真はピチピチの彼女が撮ってくれました|

こしあぶら

こしあぶらを去年に続きエイジさんから

こしあぶら。去年も今年もご近所さんが 採ってきたからとおすそ分けしてくれたので、どんな木なのかさっぱりなんだけど、、爽やかな匂いがたまらなく美味しい こしあぶら。今年もサックリ天ぷらでいただきました。その日は烏骨鶏も絞めた日だったので、最高にご馳走いっぱいの食卓でした。命の循環の中で 美味しくなくて栄養があるのではなくて、美味しいと感じて栄養をいただけること。なんとありがたいことでしょう。

柿酢|2020

柿酢\2020

今年は渋柿がたわわになりました。あ、自分ちじゃなく知人宅。いるなら採りにきて〜とお声かけしてもらったので、何回か採りに行かせてもらって、散々熟し柿食べて、瓶詰めもして、酢にもして、ぷっくりしてきた梅用に瓶を開けるために、絞って瓶詰め。結構な量があったので、4日間絞り続けたら、手のひらが柿色/オレンジになったわ。お酢臭も手のひらからしばらく臭ってたし、微生物効果か?!ツルツルにもなって。瓶詰めしてもまだ微生物が生き続けていて、膜を張ってきてる。さて。この一升瓶で、さらに3年くらいねかせてからいただきます。柿酢。柔らかな酸味と果物の甘酸っぱい匂いです。お湯で割って飲むのが最近のお気に入り。ホット酢。ホッと酢る〜。美味!

ぜんまい

ぜんまいくるくる

今年初。薇ぜんまい 収穫。といっても、裏山に生えているだけ。なのですこぉし。

薇には男と女があるらしく、女の方が美味しいので、そちらを取るらしい。写真はさきっちょ取ってますが、ほわほわのわたに包まれていて、そこが大きくなって開いていわゆるシダ、ぽくなるのだけど、あのほわほわ、紡げないのかな、、と思っていたら、、やはり、その昔は真綿に混ぜてつむいでいたよう。来年はさきっちょのほわほわも集めてみよう。あ、今年の薇収穫はすべて あもさん担当。

採取、湯がく 揉むこと何回か。で、乾燥後、食べごろはずっと先だそうな。湯がく過程ででた 色汁、は勿論染めに使ってみました。柔らかなピンクベージュ。綺麗です。

薇染め

たけのこ

かぐや姫には会えず\2020

むかーしむかし、たけのこを探してた 3人の親子が山を歩いたそうな。

たけのこーたけのこーとすぐ近くの竹林を散策したものの、すでにいのししが食した後で皮しか残っていなく(見事な喰いっぷり!だけれど、ある意味、イノシシが筍食べてることで余計な竹が増えに増えておらず、あるいみ竹林を管理してくれてるんだなとも感じた)、知人がお世話になっている87歳(歳とは関係なくチェンソーも使って野良仕事もされるそう、まさに仙人級。そういえばネパールの山奥の友人宅を訪れたときも80を超えたばーちゃんが 木登りして野菜取ってたな)山奥に住むおばーちゃんの竹山に筍堀に行かせてもらいました。

あんなに広い竹林に入ったのは人生初で、とってもすばらしかった。竹の隙間から射した太陽のキラキラした光が大地を照らす様は 神さまとか天使とかそんなものを創造するような、、。うちのしょぼ家の1番太い柱よりはるかに太い竹がたくさんあって、竹取の翁がかぐや姫を見つけたのも、なんだか 理解ができる気すらする、素晴らしさ。写真を撮りわすれたのを後悔。

それぞれの家で牛を飼っている時代には、そこに放牧したり、笹はとっても牛が喜ぶ餌になったそう。そして、竹は火力が強く調理とかお風呂焚きの燃料にはもうこれ以上ないいい材。そして、この時期には たけのこの食料となると、竹林はものすごい財産だったであろう。売っていくらとゆう財産ではなく生きていくために暮らしに欠かせない重要な財産。成長が早いため管理も大変だろうけれど、それだけ日常に使っていたからこそ、うまく竹林とバランスがとれていたんだろうな。山も同じようにいえそう。

あまりにも 広い竹林はイノシシがおっつかないほどで、筍も沢山ほれましたとさ。

それからとゆもの、川嵜家の飯とゆう飯は筍づくしだそうな。

むかしこっぽり。どっとはらい。

梅がぷっくりこ

 

梅ぷっくり\2020

ずっと雨だと ぶぅぶぅゆうくせにに ずっと晴れだと今日みたいな昨日今日の雨は嬉しい、勝手だなぁ。カラカラになっていた大地からは喜びの声が聞こえ、、私は潔く家の中の仕事に没頭できた。昨日今日で 米と麦を石臼で粉にできたし、足踏みミシンで繕いも。

今朝 カーテンを開けたら 梅がぷっくりこ。すぐに他を見渡し、何個くらいなっているかなと 食いしん坊な胃が(自分ではなく胃のせいにする ずる賢い自分)数えたことは 爽やかな朝に非常に残念なことだったけれど、ぷっくりした梅の実に 心踊らせた。(熟しガキを柿酢に仕込んでいたのを 一升瓶に移しておかないと!梅を漬ける準備、準備)

世が渦巻いているのだからこそ、着実に自分のやるべきことをやって楽しんでいる。

新しい土地があれば、コロナの渦巻いている間に小屋でも建てたい気分である。ぷっくりこ。