KM800

東京織り機/KM800

先々週の世紀の大救出からちゃんと置き場を作って。

KM800。我が家にながれついた織り機。

super mini KM800てゆう名前なんだけど、全然スーパーミニじゃない。調べたら御値段スーパーだったけれど。何屋になるんだろう、私は。

すでにある\そこにある\ここにある

あく

小国にきて 6年?7年?思い返せばあっとゆうまで、間違いなく今までの人生では最も濃ゆい時間を過ごしているように思います。

見よう見まねで 薪ストーブで暮らす、とか畑をしてみるから始まって稲、大豆、麦と順を追って必要なところへ導かれているわけだけど、最初のイメージや文字とか言葉からではなくて、最近は魂の底からでてくるものに従って生きられるように、やっとなりつつあるのかなと感じます。

よそへ、どこかへ、と思いを巡らせていた、浮ついたものは ずーんと芯に入っていくような。自分はどうしたいのか、自分は何なのか、自分は、、から広がり、、(広がり?そもそもその中にいるのだよ)をもたせて 自分の周りの環境はどうしたいのか、自分の周りは何なのか、環境の中の自分とは。その繋がりとは。自分の周りは私たちの為に生きているのではないこと、それがやっと、少し感じられるのです。

よそへと 探していたものは すでにあって、それはそこであり、ここであり。

ずっと洗濯洗剤と葛藤していました。だけど、それはもうすでにここにあったものでした。それに気づいた時、素晴らしく美しいカウンターパンチくらって ぷっしゅーー!!!っと綺麗に鼻血が吹っ飛んで大の字にくたばりました。

木から火へ 火から灰へ。灰汁から川へ海へ。そして、雨になって木へ。

残った灰は土へ。木へ。微生物へ。

考えただけでも涙がでそうな循環の元、私たちは生かされているのだ。とゆうこと。

 

おば産業/はたおり部

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ひさびさの。おば産業はたおり部。経糸がなかなかセッティングできてなかったので、息子が2日ほどいない隙に通し、おば産業 家事部の合間合間の数分で織ってゆきます。今回は着古したり破れたりした洋服を裂いて糸にしておいたものを好きに好きに。一回命が尽きかけてきたものが 形を変えてまた命が吹き込まれる。他の色や生地と混ぜていくことで、また新しい良さに、素敵になるのが 裂織りをしていて1番嬉しいこと。

ぱったん こっとん かったん。

ぱったん こっとん かったん。