今年も玖珠町の蜂箱の大家さん(と言って失礼はないかな?養蜂家とゆう肩書きは、自分の蜂との理想とする付き合い方を考えると違うって言ってたので、大家さんならなんだかぴったりな気がするのは、私だけでしょうか..)::福⑧堂さん::の採蜜に同行させていただく事ができました。
去年行った時は《去年の記事はこちら》蜂をこんなにまじかで見ることすら人生初で、採蜜時の出来事全てが大きな感動だったのだけど、今年は2回目とあってか?うちの川嵜8ハイツにも入居蜂がいて見慣れたせいか?!去年ほどの驚きや感動が薄くて、なんだか、しょうもない大人になってしまったか、、とか考えていたのだけど、今回なりに自分に響いたものは確かにあって、それが何なのかクリアにできなかったのだけど、数日考えてやっとクリアになったので記述しておくことに。
今回行ったところは、幸運にも去年と同じ場所。住蜂は、去年と変わっているそうで、去年はなかなか、箱から箱への移動がうまくいかなかったけれど、今年はスムーズに動いていて、去年は蜂たちがものすごくパニックになってる波動をすごく感じたけれど、今年は家がひっくり返された衝撃はあるものの、まだ冷静な波動だった。ような。
去年と今年、何が違うかとゆうと、まるで無知だった前回より蜂たちことを少しだけど、去年よりは知っていることで、やっと、どうゆう仕組みで巣が出来て、蜜がたまっているのか、が理解できた始めたこと。で、ようやく重箱と単箱箱の違いがわかったこと、その違いがわかったことで、ただ採取する事だけでは人間と蜂との距離感が箱によって随分違うこと。だけど、距離を縮める事ができれば、どちらの箱もメリットが多くなる事が理解できた。
っと思う。
うちの重箱8ハイツ(単箱は今年は入居せず..)も採蜜させてもらおうと思ってたのだけど、福⑧堂たくちゃんが、うーん、冬を越せるかなぁ。。としきりに心配していて、
今回見て納得。この 単箱のサイズでこれだけしか蜜を取らないなら、多分うちのは重箱で取るサイズが決まってしまうから取りすぎてしまうな。今回は見送ろうっと、さっぱり踏ん切れたことが、一番の収穫だったのかも。
蜂に増えてもらいたい。それってものすごく自然的な考えだけど、いくら天然木でも箱を設置すると、たちまち、自然界にあり得ない物が入る事になる。だけど、そのあり得ないものをうまくバランス取ることで、共存とゆう 丸と丸の重なり部分ができてくるのかなと、考える。だから、蜜も残すし蜜もいただく。
蜂のことを知れば知ったほど、去年よりも今年はもっと、蜜が貴重なものだと思えた。
たった少しの知識でさえもそうなったのだから、何十倍もの数の箱を見て、蜂の事を勉強している福⑧堂さんはきっと、経験と知識、智慧が重なっていくごとに、同じだけ、もしくはさらにもっと、ありがたい気持ちになっているのだろうな。
そう、多分、もやーっと響いたクリアにしたかったことは、これなのだと思う。
共存する、重なる部分。押したり引いたりしながら、できれば永続できる部分。蜂達は、蜜がなくなった事を気づいているのかな。あの日のこと記憶しているのだろうか。次の日、もしくは、その日からまた同じように働いたに違いない。ただ、「生きる」ことをしているいきものは強い。
蜂さん、福⑧堂さん、このたびもどうもありがとう。
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