自分の医者は自分

随分時間がたってしまったけれど(しっかり土着させたいことは随分時間がかる)10/28に私の大好きな浮羽在住の陶芸家の星のしずくさん主催の東洋医学面から身体と心を感じる「医療会」そして11/22に代替医療をメインとした「いきいき健康フェスタ」に行ってきました。どちらも、主とする柱はなるべく西洋医学的な考え方や他人任せなお薬づけにならないようするための日々の自分の行い(食事や運動考え方など)を、いかに観察したり感心をもつか、とゆうものです。

ざらめちゃん

↑久々登場ざらめちゃん。少し前のポカポカした日に洗濯物をたたんでいると、ふかぁ〜っとしてお日様の匂いのするタオルに、何のためらいもなく、とーーぜんの様に乗っかり眠そうにうつらうつらするざらめ。猫を見てると今この瞬間の最も居心地いい場所見つけるのが上手だなぁと感じます。最近は本やネットからではなく、自然に接している時や家族やご近所さんとの関わりや何でもない日常のふとした瞬間に、いろいろなことが繋がって「あ、そっか」(それはいつか読んだヨガや哲学の本に誰かが言ってたこと)と納得して、1人悟りを得たように(蓮の花がふぁ〜っと開く感じ?笑)満足しているのですが..医療会も健康フェスタも、今まで積み重ねてきたことや、その1人悟りを、「君の道は まちがってないよ〜。氣のまま思うがままにすすみなさ〜い」とお告げをいただけたような気分に なりました。

 

細かいところまでいろいろ思うところを書くとキリがないので、要なったことを。

 

それは「自分の医者は自分である」こと。自分のいる居心地いい空間。自分の中に取り入れる食べ物。自分を取り巻く衣。自分を生かしてくれる人たちとの関わり。人によってその比重は違うけれど、その全てがうまく繋がっていかないと、自分を自分でしっかり見えてこないような気がしています。そんな偉そうなこと書く私自身もまだ自分こと見えていないのだけれども、1人大好きな私は家族とゆうチームになって、ようやく自分を見よう(正式には見なければならない)と思うようなったと思うし、ヨガに執着していた時ほど(シャンティだ平和だアーサナだと頭でっかちなヨギニ)人に優しくできていなかったけれど、正直、穏くん生まれてからはグッとアーサナにかける時間は減っています。が、フィジカル部分でゆうと柔軟性はよくなっていて、とゆうのも、時間がない分、ここっとゆう必要な箇所やるので、結果効率がよいのかも。メンタルでも、私なんぞと仲良くしてくれている神様領域の人らに比べるとちっぽながら、ヨガヨガゆってるころより数ミリは優しくなれている気がするし。

 

「自分の医者は自分 」自分のことを観察することが結局、自分を健やかに、身体面でも精神面でも、またまた魂面でも、おおらかに穏やかに平和になるのかしれません。

あられさま

 

うちで一番人生楽しんでいる、あられ様。今日は寒いですからねぇ。蒔ストーブ前の1番暖かいとこ陣取ってただのんびり眠ってます。さすが、キング オブ 心地いいスト!それ横目にあれもこれもやっている自分はココナッツを焦がしてしまっいるのでした….自分の医者なるのは程遠く、研修生なのでした…..。

 

“自分の医者は自分” への2件のフィードバック

  1. こぉんなに、自分の素敵度を自覚してなかったのにびびるわぁ~\(◎o◎)/!。
    もう、のんちゃんといえば、つねにきらっきらのオーラ全開なのによ~。
    一緒にいればいるほど、自分の呼吸が安心で深くなるさ~(*^_^*)

    1. のんたん

      ありがとーう。
      そうゆうのんたんは、100倍くらいキラキラしてるよ。いや、もっとやな。

      ヨガをやってる人たちよりヨガ的生き方考え方で、ヨガの本なんか読むより、のんちゃんといた方がもっと学ぶことが多いもん。

      のんちゃんありがとね。

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